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交換祭 その4

 つけ終わると、俺はその箱に入った。やはり狭い。俺一人で充分だ。だがそこにエマも入ってくる。完全に体は密着してしまう状態であり、自然と俺の脈が早くなるのがわかった。

 扉を閉められると、辺りは真っ暗になる。

 外の音は聞こえず、恐らく何をしても中の音も聞こえないだろう。

 静けさの中俺は堪え切れずに声を発した。


「あのさ、エマは本当に聖女子になりたいのか?」

「……? 当然よ。何のための交換祭だと思って?」


 しゃべる度に吐息が胸のあたりにかかる。俺はぐっと堪え、言葉を続ける。


「もし聖女子になったら、エマは俺と……どうしたいんだ?」


 エマは黙った。暗すぎて表情はわからない。だが、彼女が俺に寄りかかってきたことはわかった。俺の心臓の音まるわかりじゃねえか、これじゃ。


「セイントを……」

「セイント?」

「セイントを介さずに、勇人との子供が欲しい」


 エマの純粋な台詞に、胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。直後、彼女の唇が重なった。俺はただ、儀式だと思ってそれを受け入れる。もうどうにでもなれと、そんな気分だった。

 次は鈴だった。エマと鈴が交代で中に入ってくる。俺は最も違和感のある場所にいた。


「えっと……」


 鈴は俺の天使でもあり、俺の良き理解者の一人だと俺は勝手に思っているが、だが、どうだろうか。キスをするというか、聖女子になってほしいとは、思っていなかった。困っていると、鈴も察したのかくすりと笑う。


「不思議ですよね? 私が参加してるのって」

「ああ、まあな……」


 それから一呼吸置いて彼女は俺の頬にキスを落とす。


「え?」

「あゆむからもう聞いたんじゃないですか? 私は反乱軍を抑制するための第一人者と。交換祭では反乱を試みる者も少なくないんです。私は、アロン様と貴方……勇人様を守る使命があります」


 ああ、なるほどな。これでやっと繋がった。そういうことか。

 俺はふっと笑みをこぼす。


「でも好意はありますよ。でなければ参加なんてしません。もしも私が聖女子になった場合は……命がけで守らせていただきます」


 そうして彼女はまた俺の頬にキスを落とす。そして、彼女は暗闇の中で俺のその頬にゆっくりと触れてきた。


「なんだ?」

「……嫌な予感がするんです。近々きっと戦争がまた起きるでしょう……絶対に死なないでください」


 それだけを言い残し、扉を開けて出ていった鈴の後ろ姿を見送る。

 常々不思議な奴だ……。

 そして、アロンだ。彼女は乗り込むと、三度目の扉の閉まる音を耳にする。


「……」


 三度目は沈黙だった。どうすればいいのか俺もわからない。

 彼女のシャンプーの匂いが箱の中を満たす。

 俺の心拍数はこの時が一番高かったのではないかと思った。思っただけであって、事実はわからないが、どうせ、セイントの事だ。そこの操作もきっとするのだろう。

 俺は無意識にアロンを抱きしめていた。いや、無意識ではないのかもしれない。俺は抱きしめたかった。こんな状況なかなかなるもんじゃない。


「俺は変わってほしくないって言ったよな」

「ええ、聞いたわ」

「じゃあ何故交換祭に賛成したんだ」

「エマと鈴のためよ。そして私は彼女達のために、貴方とはキスはしない」

「は?」


 俺は素っ頓狂な声をあげて、目を丸くした。暗闇なので彼女の表情は分からないが、腕の中にいる彼女は確実にそう俺に放った。

 エマや鈴のために、こいつは聖女子の座を降りようとしている。俺はアロンがいいと言ってもここまで聞き入れてくれないものなのか。


「アロン、はっきり聞く。俺が嫌いなのか」

「そんなこと、あるわけないでしょう」


 アロンの吐息が顔にかかった。どうやらこっちを向いたようだった。

 なら、何故……。

 俺は抱きしめていた腕の力を強めた。どうしてそうするかなんて野暮なことは聞かないでくれ。こうできるのもあと少しだということだけが俺にはわかったからだ。

 正直寂しかった。きっとこれはエマや鈴では埋められない穴なんだろう。

 どうしたらいい? どうやったらこの試験でアロンをその気にさせられるんだ?

 俺はアロンの顎に手を添えた。


「俺からキスするのはダメなのか」

「違反ではないけれど……」

「最後なんだろう」

「きっとね」


 俺はエマや鈴の事を頭から消し去った。今は目の前のアロンのことだけに集中したいんだ。

 彼女は拒否しなかった。彼女からのキスはなかったが、俺からのそれはできるということのようだ。

 唇を重ねる。俺の心拍数は妙に上昇しているのが分かった。これならセイントだって……。そう思えるほどに俺は興奮していた。これは儀式とは違う。正真正銘のキスなんだ。

 唇を離すと一旦呼吸をする。彼女の顔が見れないのも、また興奮材料になっていた。

 再び彼女の唇にキスを落とす。今までの儀式とは違う、濃厚なキスだった。彼女が嫌がるかと思ったがそうでもなかった。彼女も俺の腰に手を回し、受け入れていた。

 それから何度か繰り返し、お互いの吐息も激しくなっていく。

 やばい、と思った。

 俺は唇を離し、腕で唇を覆うと「悪い」とだけ付け加える。下半身がもう既に反応していた。


「生理反応ですもの。仕方ないわ」


 どこぞかで聞いた台詞を彼女はまた言ってくる。そうは言ってもこの密接状態でこれはちょっと恥ずかしいし、申し訳ない気持ちになる。


「アロン、聖女子であってくれ。お願いだ」

「言ったでしょう、それはセイントが決めることだと」

「でも、それでも俺は……」

「……私に惚れたの?」


 俺は茫然とした。惚れた……? 俺が、アロンにか?

――そんな馬鹿な。

 そんな気持ちが過るも、俺は否定もできなかった。なんでアロンが良いのか、そんなの一つしかないんじゃないか。


「もしもだ、俺がアロンに惚れていたら、セイントは覆すのか。決定を」

「恐らく無理でしょうね……」


 俺はセイントに殺意を抱きたくなった。結局ダメなのか。俺は、俺は――


「気持ちなんてわかんねえよ……。でも、やっぱり毎日儀式をする相手はお前がいい」

「……」


 アロンは黙ったまま、扉を開けた。俺は彼女の後姿を見送りながら、体につけられた心拍測定器の値を見る。最大心拍一四〇回。エマや鈴を上回っている。それでもセイントは――

 俺は戻って椅子に座った。そして結果を待った。これで聖女子が決まる。


『今回の結果、聖女子に最もふさわしいとされた者の発表をする』


 俺は祈る思いで、膝の上の手を握り締めた。

 だけども結果は、予想通りであった。


『新聖女子はエマ』


 周りからわーという歓声が上がった。

 俺はと言うと、その結果に異議を感じていた。一体何で決めたんだ。

 と、そこにあゆむがやってきた。俺の肩に手を置くと、首を振って、気を静めるように合図する。


「セイントは、脈だけじゃなく、貴方達の会話も聞けるのよ。セイントは、彼は、非人道的機械よ。思い通りにさせられるなんてつまらないという判断を下すわ」

「わかってるさ……」


 俺は苦虫をすり潰したくなった。

 くそが……っ。

 俺は一度地面を強く踏みつけると、あゆむがびくりと肩を揺らす。


「そんなに嫌だった?」

「嫌とかそういうレベルじゃないんだ。セイントが……許せない」


 俺は眉間に皺を寄せて顔を上げた。すると、あゆむが真剣な顔をしてこちらを見ている。


「本当に許せないと思っているのか?」

「ああ」

「そう……」


 彼女は一瞬だけ見た事のない暗い形相になり、すぐまたいつもの表情に戻った。俺はそれに違和感を抱きつつも、「はぁ」とだけため息を大きく吐く。あゆむは俺の状態を見て、気を遣ったのか一人にさせてくれた。

 どうしたらいいんだ。俺は、これからエマと一緒に儀式をしていかないといけないんだ。それが嫌なのか? 違う。アロンがいいんだ。エマが嫌とかじゃなくて……。

 エマなのか。相手が。申し分ないじゃないか。なのに俺は――


「大丈夫?」


 ふと耳に入ってきた声に顔を上げる。そこにはエマが佇んでいた。その後ろには鈴とアロンもいる。


「聖女子は正式に今さっきのセイントの放送の時点で、エマに決まったわ。おめでとう」


 アロンは俺の顔を水もせず、淡々と言ってくる。いらっとした。だけどいらついても仕方ないんだ。もう仕方ない状況になってるんだ。


「私はアロン様も、エマ様も平等に守らせていただきます」


 鈴も隣でそう放つ。


「ダメよ、鈴。聖女子は第一に守られなければならない存在。私より、エマを、いや、エマ様を、守っていって」


 淡々とした口調のまま、まるで俺に説明するかのように、アロンはそう語る。

 アロン。今まではエマや鈴に守られていたのか。それが今度はアロンや鈴がエマを守ると言う形になるっていうのか。お前は一番身体能力もテストで低かった。本当に大丈夫なのか――

 とにもかくにも、交換祭は終わったのだ。こんな終わり方、想像してなかった訳ではないけども、やはり心に穴が開いたような感じがする。




――そしてその夜、俺は新たな聖女子エマと儀式を行った。たった一日一回の儀式。エマは顔を染め、笑いかけてきた。

 ごめんな。エマ。

 俺はそう発する事ができずに、苦笑してエマの頭を撫でて部屋へと戻った。

 俺はこの時心に決めた。

まだ時間はある。セイントを破ろう――



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