交換祭 その3
「私は、できそこないだった。セイントに、落ちこぼれの烙印を押され、周りからもはぶられることが多かった。そして一度脱走を試みた。何がどうなるかなんてわからなかった。だけどそこにいたくなくて……気付いたら、女子領を飛び出していた。警報が鳴って、私は女子達から、罰せられる事を命じられた。その時、それを止めてくれたのが当時から隊長だった、鈴さんだった」
「なるほどな、それで……」
鈴はアロン達とはまた違う人種なのだろう。できあがる人間は十人十色と言っていた。このあゆむという子は、そのなかでも、特に出来が悪かったのだろう――正直出来が悪いとは俺には感じないが――
しかしそこでセイントが烙印を押した事は、見せしめ以外なんでもないのだろう。セイントらしいやり方だ。
そこで行く宛てもなく、彼女は飛び出し、中間区域に入りこみ、警報を鳴らしたのだろう。そして女子に御咎めを受け、セイントに知らせることにしたが、どうやらそれを止めたのが鈴のようだった。
「それから鈴さんは私を手元に置いてくれるようになり、色々な事を教えてくれた。私は幹部になることはできないが、鈴さんのおかげで信頼を取り戻すことはできるようになったんだ」
一通り話し終わると、彼女はぐっと手を伸ばし、背筋を解放した。首を何度かぽきぽきと折ると、「よし、おわりだ!」と手をぱんっと叩く。
このサバサバした感じに、俺は中学生の頃の淡い思い出を重ねていた。
ここいらで少し俺の話でもしよう。
俺は小、中学校と若干引きこもっていた。小中のメンバーは殆ど変わらず、エスカレーター式に上がって言ったので、俺は中学の時にますます行きにくくなっていた。
そんなとき小六の終わり頃から、頻繁に家を訪ねてくれる女子がいた。その子の名前は亜由美。ここまできてわかると思うが、恐らく亜由美のドッペルゲンガーのような存在があゆむなのではないだろうかと思っている。
地球と空球とは双子の星だ。似た人間が生まれる事も当然あるのだろう。偶然にしろ、俺は、あゆむにそっくりな亜由美に当時既に出会っていたのだ。
亜由美は俺の家を度々訪問してきた。クラスが同じで家の方向が同じだと言うこと以外、特に接点はなかったのだが、恐らく、だからこそ先生か何かに頼まれたのだろう。
だが彼女は迎えに来るだけでなく、学校に着いてからも常に一緒にいてくれるようにしていた。先生もさすがにそこまではお願いしていないだろう。彼女の自発的なものだったと今は思いたい。
そして小六から中学に上がる入学式の日にも忘れずに彼女は家を訪ねて来てくれた。嫌な顔ひとつ見せずに、だ。彼女は男まさりで、どこかカッコいい、俺にとって憧れの女子だった。
だが中学に入り俺が自主的に学校に通い始めた頃、彼女との差は遠ざかっていった。彼女も、女友達と遊ぶ事を覚えていったのだ。俺は学校には通えるようにはなっていたものの、距離を感じ始めたが最後、近づく事をしなくなった。そしていつしか、亜由美は俺の家を訪ねることもなくなり、高校受験で別々の高校に言ってから顔を合わしてない。
とまあ、こんな思い出があるわけですが、あゆむはその亜由美に非常にそっくりなのである。顔だけならまだしも、口調も、お節介なところも、そして少し弱いところも。
俺が亜由美に好意があったかだって? そんなの決まってるだろ。俺の初恋だったんだよ。
初恋相手が、本人でないしろ、コピーさながらの人物が俺の目の前にいるのはすごく複雑な心境なのである。
そんな俺の心中を無視してあゆむは色々と話出す。
その内容の殆どが、鈴への敬愛の内容だった。
だがそんな中の一つに気になった単語があった。
「……反乱軍?」
鈴は反乱軍を抑制するための第一人者だと言うのだ。そもそも初耳だ。反乱軍なんてものが存在するのか。
「反乱軍は、身を潜めている。女子陣にも男子陣にも複数いると言う噂がある」
「それは何に対する反乱なんだ?」
「それは幹部でない私にはよくわからないことなんだ……」
そう言いながら彼女はひざをぱんっと叩くと、俺の額に手を乗せた。
「うん。大分熱は下がったね。頭痛は? 吐き気は?」
「特にないけど……」
「よし」
彼女はそういうと俺の腕を引っ張って部屋を後にする。
どこに向かうのだろうと思っていたら、女子領を抜け、セイントのいる場所へ向かっているのだった。
『これから運動テストを行う』
セイントの声が耳に届いてきた。どうやら筆記テストは終わったようだった。俺は、生贄席、最前列の脇に座らせられると、目の前の得点板を見上げる。
アロン三〇ポイント、エマ二〇ポイント、鈴一〇ポイント。と、書いてあった。どうやら筆記テストはアロンが優位だったようだ。
次の運動テストでは俺は目を奪われた。あの鈴が、異常なほどの身体能力を表しているのだ。
走り幅跳びではアロンやエマの約二倍飛び、徒競争も一〇〇メートルもオリンピック選手顔負けの一〇秒台を出した。彼女の身体能力は飛び抜けている。そして結果発表では、ダントツで鈴が三〇ポイント獲得の計四〇ポイントとなった。
アロンは身体能力は低いようで、一〇ポイント獲得の四〇ポイント、そしてエマは二〇ポイント獲得の計四〇ポイントとなり、皆一直線の成績を出した。
『やはりここは恋慕テストで決着をつけるしかない』
セイントにそう言われ、俺はどきりとした。まるで俺の出番と言わんばかりに一斉に人の目が俺に集まってくる。
ぎくしゃくとして、立ち上がると、俺は会場の方に歩んで言った。勿論あゆむ付きでだ。
「恋慕テスト……できれば受けたくねえんだけど……」
あゆむにぼそりと呟く。あゆむは周りが気付くか気付かない程度にはぁとため息を吐く。
「今更かよ……」
「乗り気しねえよ、こんなイベント」
「でも聖女子を決める一番大きなテストなんだ。逃れられないぞ」
俺はがっくしと肩を落とし、とぼとぼと会場の段をあがる。
交換祭には男子はいない。女子だけだ。それでも大分異様である。エマを支持する者、鈴を指示する者、アロンを支持する者、また愛故にあゆむのように反対する者もいる。会場の盛り上がり方は絶好調だった。
『ではまず、エマとの儀式を行ってもらおう』
セイントはそう言った。だが、俺はここでゆっくりと手を挙げて、意見を言うことにした。
「せ、せめて、皆が見てない所でできないのですか」
精一杯の抗議であった。アロンも、鈴も、エマも、良い思いをしないことはなんとなくわかっている。
俺はセイントの答えを待っていた。セイントはしばし黙ると『よし、個室での儀式を認めよう』と言うのであった。
まさかの答えにきょとんとしてしまった。俺の声なんて聞いてもらえないと思っていたからだ。
俺とエマは、セイントの表側に設置してある、人一人がやっと入れるくらいの小さな箱の前にあゆむに連れて行かれた。なんのための場所かはわかりかねるが、こんな狭い中でキスをしろと?
確かに中は透けてないが……。周りからはブーイングの嵐だった。こんなんでは本当にキスしたかわからないだろうという声が届いた。
『それは大丈夫だ。心拍数でこちらは読みとる事にしている』
そう言って俺とエマに測定器をつけるようセイントはあゆむに指示をした。
「おい、あゆむ、本当にこんな中でしろと?」
測定器をつけているあゆむに俺は耳打ちして質問する。
「セイントがそう言ってるんだ。やるしかない」




