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交換祭 その2

 あゆむはてきぱきとタオルの交換をしており、機械的に額に乗せては次のタオルを作るといった流れ作業を、ずっと俺を睨みながら行っていた。

 はっきり言って今の居心地は最悪だ。

 だけど体はこの方が幾分か楽なので拒否する事もできない。故に目を瞑って、考える事をやめることにした。そんなことをしているうちに、また眠気に誘われる。随分体が疲れているのだと、実感した。




 ――目が覚めると、幾分か、頭もすっきりしていた。あゆむは横に座っており、相変わらず機械的にタオルの準備をしている。

 そして俺の目覚めに気付くと、また睨みつけるようにしてくるのだ。


「ふん、目が覚めたの? 覚めなきゃ良かったのに」


 どいつもこいつも、なんでこうも空球人はツンデレばかりなんだ。いや、このあゆむってやつに関してはツンデレどころか、本気で俺に対して怒りを持っているようにも思える。エマのように『男全般』に対する嫌悪感の睨みではなく、あゆむが与えるそれは『俺自身』への嫌悪感と言ってもいい。

 そういえば、さっきも鈴がどうとか言っていたな……。

 ちらりとあゆむを見る。

 まだ睨んでやがる。おー怖……。

 俺がそんなことを思っていると、彼女は俺の気持ちを悟ったのか、絞りかけのタオルをべしりと顔に投げつけてきた。


「いって……! 病人に何するんだよ!」

「うるさい、原始人が。エマさんだけじゃなく、鈴さんまでもたぶらかすとか、この野蛮人!」


 ちょ、こいつ、エマより口が悪いぞ。というか、口が悪いだけならまだマシなんだが、この負けん気の強さはますます、以前の知り合いと被ってくる。

 俺にとって、あゆむは淡いそれでもってあまり思い出したくない思い出の奴に酷似しているんだ。


「そんなに看病したくないならしなきゃいいだろ」

「アロンさんに言われて断れる人がどこにいる? 馬鹿か、お前は」


 カチンと来たが、ここは我慢だ。何せ、今看病してくれる人間がいなくなるのは正直困る。

 ぐっと奥歯を噛んで、あゆむの次の言葉を待つことにした。

 彼女は投げつけたタオルを手に取り、どこからか持ってきた桶の水に浸す。


「あんたは寝てなさい。交換祭で重要な役割を果たすんだから、それまでに立てるくらいになってないと困るんだよ」


 そういえば、俺は交換祭の事を何も聞いていない。俺が出る場面があるのか? どういうことだ?

 不思議そうな顔をしていたのか、彼女も俺の表情を見てぽかんとする。


「あんた、もしかして交換祭について何も聞いてないのか?」

「お、おう。何も聞いてない」


 つい、昔の奴を思い出して、そいつに言われているかのような錯覚に襲われ、どもってしまった。そんな俺を横目に、彼女は何やらぱたぱたと走って隣の部屋に行き、またすぐに戻ってくると、手に持っていた紙を俺の目の前に広げた。


「これ、交換祭の内容だよ」


 俺は突然広げられたそれを目にすると、首を傾げた。


「筆記テスト、運動テスト……。恋慕テスト? なんだこの最後のやつ?」

「はあ……アロンさんも結構いい加減だな。こんな重要な事伝えてなかったのか」


 あからさまにため息を彼女は吐いた。俺は何やら嫌な予感が過った。

 聖女子になるには色々なテストがあったとエマは言っていたな。それなら筆記、運動で聖女子の格かどうかを見るのはわかる。だけどこの恋慕テストには、セイントのいやらしい考えしか頭に浮かんでこない。

 俺はあゆむに顔を向ける。まさか当たらないでくれと無意識のうちに願っていた。


「恋慕テスト……キスだよ。あんたは参加者のエマさん、アロンさん、そして我らが隊長の鈴さんまでとキスをするんだ」


 ここに効果音をつけるならどうするだろうか。がーん、いや違うな。ワーワーか? いや、違う。わかった、シーンだ……。

 おい、これ、どう反応したらいいんだ。熱のせいなのか頭の中真っ白なんだが。


「エマや、鈴とも? キスを?」


 そう、俺の反応はこんなもんだ。正常だろう。ここで「わーい! やったー!」なんて言おうものなら、きっと目の前の女に俺は滅多打ちにされていただろうに。そうは思えなかった俺は、ラッキーなのだろう。あゆむも拍子抜けしていて、脱力しているように見えた。


「それでか、怒っていたのは」


 鈴を取られるってそういうことか。って、それじゃあゆむは完全にレズじゃねえか、おい!

 どうでもいい、いやよくないかもしれないがそんなツッコミを脳内で巡らせつつ、あゆむの反応を待った。


「そうだよ。鈴さんは私の恩人なんだ」


 うん、赤面して照れたりしなかった。こいつはレズじゃない。……何の診断してんだ俺。


「それで、恋慕テストに立ち合うために俺は熱を少しでも下げなきゃいけないってわけだな……」

「そういうこと」

「セイントらしいと言えば、セイントらしいが。クソ……」


 俺は思わず舌打ちしてしまった。それを見ていたあゆむが俺をじっと見つめてくる。さっきまで睨みつけていたのが嘘のようだ。


「珍しいな。恋慕テストを嫌がるなんて」

「嫌って言うか……」


 これも複雑なもんだ。だって、そこにはアロンがいるんだろう? 毎日儀式を行ってきたアロンが。それでなくとも、エマだって俺に好意を抱いているのがわかる。鈴に至っては、未だによくわからないが、少なくとも好意は持ってくれているんだろう。そんな奴らを前に、他の奴とキスしろだと。どんだけ最低な野郎なんだ。

 エマや鈴や、当然アロンとキスをしたくないって言ってるわけじゃない。寧ろあんな美少女揃いを嫌がるとか、どれだけ贅沢な男なんだ。

 なんてことを言えるわけもなく、俺は複雑な心境のまま、あゆむから視線を外した。人ってなんでこうもやましい事があると視線を外してしまうんだろう。


「鈴は……その、なんで参加したんだ?」


 俺は話題を変えたくなり、ふと浮かんだ疑問を口にした。実際、鈴が参加した理由を俺はわかっていなかった。エマとあの時話していた時に突然アロンが鈴を誘い込んだのだ。それでその場は丸く収まっていたが、時間が経つにつれ俺には疑問にしかならなかった。

 俺がその質問をしてみれば、あゆむの表情は険しくなった。


「そんなこともわからないのか?!」

「い、いや。なんというか、わからないというわけでもないんだ。だけど、自惚れなんじゃないかって」


 頼むから知人に似た顔で怒鳴らないでくれ。思い出して気が小さくなってしまう。


「私がどれだけ毎日寂しい思いをしてると思ってるんだ!? 鈴さんが毎日あんたの話しかしなくなってしまって! 今までは私が妹分だったのに! 少しは自覚しろ!」


 あゆむは水の入った桶を持って威嚇をしてくる。今にも俺にかけん勢いだ。ただでさえ風邪を引いているのに、かけられたらたまらない。


「いや、待て待て。だから自覚は少しはして……」

「それならいちいち聞くな!」


 肩で息をして、気を落ち着かせると彼女は桶を元の場所へと置いた。俺はほっと胸を撫で下ろすと、申し訳なくなり目を伏せる。鈴の態度からは、俺への好意なんて感じない。それは事実だ。俺の勘は悪い方じゃない。だからこそ、鈴の気持ちが本当なのか俺にはわからなかったんだ。


「その、ごめん」

「……いいんだ。鈴さんも女だってことがわかったし」

「鈴は女だろ、どう見ても」

「鈴さんをそう言う目で見るな!」


 こいつ……めんどくせえ。

 俺は思いっきり顔に出してやった。あゆむもそれに気付いたのか、赤面した。


「す、鈴さんは、恩人なんだ。そういう目で見て欲しくないだけだ」

「……恩人か。そういえばなんの恩人なんだ?」


 あゆむはため息をつくと椅子に座り直し、足をぶらぶらさせると、俯く。俺はぶらつかせている足を見た。


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