交換祭 その1
今日は、交換祭か……。
あの日あれから一日中、アロンは鈴と交換祭の支度をしていた。妙に気まずくなってしまって、まだ大した会話もできてないのが現状だ。
そして一晩が過ぎた。
彼女は夜遅くまで交換祭の支度をしていたようだったが、手伝うことも俺にはできなかった。何故って、代わってほしくないと言った手前、そんなこと無理だろう。
交換祭をするという事は、俺の意見は反映されなかったということだ。やはり、と言った結果だ。
交換祭、一体何をするのだろうか。エマは戦うと言っていたが、それは戦闘を意味するのだろうか。それとも体育祭のように所謂、相手に傷を負わせない方法なのだろうか。
とにかく俺には考える事が多すぎた。
そのせいか、よりによって、交換祭の日に俺は熱を出した。くっそ。熱なんてここ数年出してなかったのに。だけどそんなこと忙しそうなアロン達に言いだせる訳もなく、ただただ邪魔にならないようにベッドに横になっていた。
知恵熱か?
そんなことを思うも、どれだけ普段頭を使ってないのか思い知らされる気がしたので、知恵熱説はないことにした。
とりあえず知恵熱でもなんでもいいが、だるい。それを誰にも言えないのはなかなか辛いものがある。顔は多少赤い程度で、自己申告しなければきっと気付かれないだろう。
参ったな……。考えなきゃいけないことが山ほどあるのに。
交換祭の事、エマや鈴が聖女子になったときのこと、本儀式のこと、アロンとのこと、俺自身の気持ちの事――
考えようにも熱が上がっているらしく、考えた矢先にその内容が頭から飛んでいってしまう。最悪なコンディションだ。
ひとまず、水に浸したタオルを作ることにしよう。
俺はベッドから降りた。熱だけならまだしも、節々の関節の痛みに、頭痛まである。あ、これ、完全に風邪だな、とその時理解した。知恵熱じゃなくて良かった。
洗面所に行くと、アロンは一瞬俺に目をやる。だがすぐに手元の資料に目を移す。完全に話はできる状態ではない。
俺はハンドタオルを手に取り、冷たい水でタオルを濡らすと、それを絞った。力が出ず、多少ぴちゃぴちゃのままだがないよりは楽だ。俺は我慢できずに、額を上にして、そのタオルを額に置いた。ひんやりとしていて気持ちがいい。けれどもそれもほんの数秒で、すぐに俺の熱がタオルを温めてしまう。もう一度水に濡らすと、もう一度同じように額に置いた。
これを何度か繰り返していたが、一向にこれではベッドに向かえない。足元もふらつくし、どうしようかと考えた末、そこに座り込むことにした。立っているよりは幾分か楽だし、これならいつでも冷たいタオルに変える事ができる。桶があれば良かったんだけども、それもここにはないし、これがベストだろう。
俺は目と額にタオルを置いたまま、しばらく上を向いていた。すると段々意識が遠のいていくのがわかった。体が休養を欲しているのだな。そう思いながら、そのままその場で眠りそうになった。
「勇人、何しているの?」
突然俺の耳にアロン以外の声が届いた。俺はハッとして、慌ててタオルを手に取ると、その声の主を見上げる。
「……よう」
エマだった。白く、金髪だった時のキューティクルも失われたその髪は、疲れ果てた老人の髪のようだったが、それでも相変わらずの彼女は綺麗だった。俺は思わず一瞬見惚れていた。どうにも、辛い時は人肌恋しくなるもののようだ。
「勇人、もしかして体調悪い?」
目線を合わせてくるエマに、ぎりぎりの笑顔を見せた。正直話しているのも辛いからな。
驚いたのはその瞬間であった。
彼女が俺の額に触ったのだ。
「熱ひどいね……」
「や……お前」
触ったらダメだろう!? 何してんだこいつ?!
そう発しようとした直後だ。エマの背後からアロンが現れ、
「交換祭の日は特別なのよ。一日だけ聖女子以外の女子も異性に触れていいルールになるの」
と、さも当然のように説明する。
お、驚かせるな。
だが今は訴えるだけの気力もなく、ただぐったりとするだけで、熱があるとエマがアロンに伝える。余計な事しやがって……。
アロンは黙って俺を見下ろす。何を思っているのかはわからないまま、彼女は踵を返して洗面所を後にした。
エマはというと、俺の腕を取り、部屋まで連れて行ってくれる。しばらくは様子を見てくれるようだが、交換祭の準備があるため長居はできないと残念そうに言われた。
「このまま時間が止まればいいのに……」
ぼそりと呟いたそれを俺は聞いてない事にしたのだった。
しばらくして、うとうととしてくると、定期的に額のタオルを変えてくれるのがわかる。それがエマなのかアロンなのかはたまた鈴なのか、それはわからなかったが、大変居心地は良かった。
ふと目が覚めると、全身汗だくになっていた。周りを見回すと誰もいない。
一体タオルを変えていたのは誰なんだ?
不意に、部屋の扉が開いた。そこから出てきたのはアロンで、俺の顔を見ると、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「貴方、三八・八度もあったわよ」
我ながら驚いた。そんなに高かったとは。
「タオルを変えてくれてたのはお前だったのか?」
期待の意味も込めて尋ねるが、返事は「いいえ」と簡素なものだった。
なんだちょっと期待したのが馬鹿馬鹿しくなった。
代わりにアロンは後ろを振り返ると何やら女性の名を呼ぶ。
「あゆむ、入ってきて」
「はい」
入ってきたのは、ショートヘアのボーイッシュな印象を与える見た事のない女子だった。
「彼女はあゆむ。鈴の軍隊の一員よ。私も、鈴もエマも忙しいから代わりに貴方の面倒を見てくれる子を探してきたの」
「じゃあさっきまでタオルを変えてくれていたのは……」
「ええ。あゆむよ」
俺はあゆむを見るとどきりとした。この違和感、何かあるとそう感じた。
だが、看病してくれていることには変わりないので感謝の言葉だけは述べておこうと思う。
「あ、ありが……」
「鈴さんを取った人に感謝の言葉なんて貰いたくないんだけど」
「へっ?」
あゆむは俺を睨んでそう放った。俺は何の事だかわからなくなり、アロンに目配せするが、アロンは楽しそうにくすくす笑うだけで、何も教えてくれそうな気配はない。
「あとは任せたわ、あゆむ」
口端を上げて、去っていくそのアロンの姿を俺は見過ごさなかった。
これは何か、面倒くさそうな空気を感じる。それに、俺は、今、非常にあゆむという女子と話したくない。いや、話したいけども、どう接したらいいのかわからない心情なんだ。過去の、昔の、知り合いに似ているのが原因だ……。
俺は思考を巡らすも、すぐに頭痛に襲われるため、思考を停止せざる得なかった。




