儀式 その3
「貴方の態度を見ていたらわかったわ。この交換祭に意味はあるかもしれない。行いましょう」
アロンはエマと鈴に向き直るとそう放つ。
「でも、アロン様……」
「それではアロン様の今までの苦労が」
「いいのよ。エマ、鈴。これで戦争に勝てる可能性が少しでも上がるなら」
にっこりと微笑むその横顔を俺はじっと見つめる。たまに浮かべる彼女の笑みはいつもどこか偽りのように見える。
その理由を俺はその時わかるわけもなく、ただ感じるその偽りの笑みに俺も無理やり納得するしかなかった。
「エマ、これでいいかしら?」
そうだ、これを言い出した当の本人の意見をまだ聞いていない。
俺はエマに視線を合わせる。彼女は今までと打って変わって、顔を真っ赤にさせて俯く。おい、ちょっと可愛いとか思ってないんだからな。
「私は、交換祭をしてくれるという、チャンスを与えてもらえるだけでも充分です」
「そう、良かった」
アロンはくすりと微笑む。
「ちょっと交換祭のことで色々考えないといけないから先に部屋に戻るわ。あとで鈴、部屋に来てちょうだい。エマは体調がよくなって来れれば来てね」
それだけ放つと彼女は俺の手錠のついた腕を、手錠越しに無理に引っ張ってくる。
痛い痛い!
なんて言葉は彼女には届かなかった。というより、発せなかった。何か有無を言わさない雰囲気が辺りを包んでいたからだ。
部屋に戻るまで彼女は終始無言であった。何を考えているのか、相変わらずの無表情でわからない。
戻る途中、時折、彼女の横顔を横目で見ていた。無表情で、けれども整った顔立ちの中に、聖女子としての威厳さを感じる。先を歩かれると、彼女の後ろ姿しか見えなくなるが、それもまた美しかった。黒髪が歩調に合わせて揺れている。
そんな彼女が手錠越しにいる。何故だかこの時間がずっと続くようなそんな気がしていた。それもまたいいかもしれないと、そんなことを思ってしまった。
だがあろうことに、部屋に着くと彼女は引き出しから鍵を取り出し、そして、俺と彼女を繋いでいた手錠を外したのだ。
「? いいのか?」
いいのか、じゃない。馬鹿か俺は。もっと露骨に残念がれよ。残念なくせに。
アロンはいつも話す時は、人の目を見て話す。だが、それは彼女自身が何かを誤魔化すときは例外である。
「ええ」
この時も彼女は視線を合わせなかった。俯いて、呟いただけだ。
「でも一日のはずだろ」
俺は性懲りも無く突っ込んで聞いてみた。このまま引き下がっていいと思えないからだ。
「必要ないわ。交換祭をするのだもの。私と貴方が繋がっている必要はもうないの」
振り返った彼女の瞳は乾いていた。どこか遠くを見ているかのように、俺には視点が合っていない。
なんとなく、だが、いらっとした。まるで俺がアロンにとって必要のない人間だとわかれば、全ての関係を切り捨てるかのような言い方だったからだ。
「なんか、そういう言い方はないんじゃねえの?」
「自惚れないで。貴方は男子よ。本来敵なの」
この部屋を出る前と後ではめっきり態度が豹変したアロン。
なんなんだ? 俺は何も変わっちゃいないんだぜ? 変わったのは状況だけだ。
「はは、エマと鈴を俺に取られてそんなに悔しいか?」
少々腹が立ったので俺はつい意地悪を言ってやりたくなった。
瞬間だった。
――パチン!
俺の頬は彼女に叩かれていた。グーパンじゃないだけマシだったのかもしれないが、痛いは痛い。なんだよ、と俺は思わず言い返してしまう。
「それこそ自惚れよ!」
「なんっ」
言い返そうとした時、二度目の平手打ちが飛んできたので、思わず俺はアロンの腕を掴んだ。
細い。掴んだ瞬間の俺の印象はそれだった。
それも束の間、彼女はもう一方の手を出してくる。さすが戦い慣れているだけあって瞬発力はある。だけど、俺も男だ。格闘技も幼い時習っていたことがある。この手の動きには慣れっ子だ。そう、俺は彼女の両腕を掴む形になった。
「離してよ」
彼女は俺を睨んでくる。離せと言われて離す馬鹿がどこにいる。こいつは俺を殴ろうとしてるんだぞ。
「いやだ」
べっと俺は舌を出して対抗してみた。ちょっと悪ふざけのつもりだったが、それはアロンの神経を逆撫でするだけだったようで、彼女は急に暴れ出す。




