儀式 その2
「いや、おい。色々待て」
一通り説明を聞いた俺は、頭から血の気が引くのがわかった。
儀式の意味も含めて俺は話を聞いた。儀式は遺伝子をセイントに渡すだけのイベントだと思っていたが、真相はそうではなかった。
「だから言っているでしょう。セイントの儀式と本儀式には三つの狙いがあると」
アロンは平気な顔をしてそう語る。
今更だが儀式とは毎日のキスのことだ。本儀式とは九日後に控える、遺伝子を提供する日のことであるわけだが、その定義はおいておくとして、問題は、セイントの三つ目の狙いにある。
いきなり三つ目というのもあれなので順番に説明しよう。
一つ目の狙いはそのままだ。遺伝子の提供だ。これはもういいだろう。
二つ目は非常にお粗末な狙いである。
キスをすることで異性を生ませる確率を上げる。
これは空球の世界ではジンクスのようなものらしい。遺伝子を提供する者――つまり生贄である男が女とキスする回数を重ねれば重ねるほど女が生まれやすいということだ。
なんと非リア充に優しくないジンクスなんだ。
彼女達は色々と科学的に説明しようとしてくれたが、俺にはどうにも胡散臭いものでしかない。よって、この二つ目をジンクスと俺は名付けた、勝手にな。
一日一回というのは、戦争相手である異性と毎日キスすることが苦痛だという理由かららしく、伝統的な物のようで、それ以上しても問題はないようだった。
そして問題の三つ目の狙いだ。これはセイントらしいと言えばセイントらしい内容だったが、最悪かもしれない内容だった。
儀式において、何故普段は一年もの猶予を与えていたか、他の異性と触れ合ってはいけないのか、ずっと俺の中では疑問でもあった。
「俺はアロン……いや、聖女子を好きにならなきゃいけないのか?」
そう、セイントの嫌らしい考えでもある、生贄と聖なる者の禁断の恋だ。いや、まあ、俺は今回においては部外者なのでそこまで大きな問題ではないのかもしれないが……。ようはエマのように、生贄に片想なり恋心を芽生えさせないといけないらしい。それが聖なる者の宿命のようだ。それには一年あればいいだろうと。
って、俺は二週間でいけると思われてるんじゃねえか、それ。なめられたもんだ……。
「あ、そうか。それで時間がないと、ね」
なるほど、と俺は思った。あと九日で俺が聖女子アロン以外の女子になびくかどうかってところが今回の問題点の一つのようだった。
「セイントは相手にどれだけ恋心を抱かせたかを本儀式の日に審判するの。その審判によって、男性を多く作るか、女性を多く作るか決めるのよ」
なるほどな。だいたいの枠は見えてきた。それもこれも男女間戦争のためにやっているってわけか。
こんな裏事情を聞いてしまうと、毎日の儀式もなんだか本当に儀式にしか感じなくなってくるな。
しかし俺が項垂れている猶予は彼女達にはないらしく、俺に意見を求めてきた。しかもその内容は女子が聞いてくるような内容じゃない。酷く恥ずかしいものだ。
「普段の場合、セックスは皆自重しているのよ。そもそもの想いが禁忌だとわかっているから。でも今回の場合、貴方は地球人で部外者。聖女子と触れ合いすぎることは特に問題ないの。本当はこの手を使いたくないから言わなかったのだけれど……。貴方、勇人は私達と体を交じ合わせて、誰かを好きになりそうな感覚はある?」
再び聞かれたその質問にまた頭がくらっとしそうになった。
どうしてこうも平気で聞いてくるのか。環境が女子校だと羞恥心がなくなると聞いたことあるが、それに似たようなものなのだろうか。
「だから、平気でそういうこと聞かれても……俺もどう答えたらいいのかわかんねえよ」
好きとか嫌いとか、ここ何年かはお目にかかってない。そりゃ可愛いとか、イチャイチャしたいとかそう思うことはあったが……。まずここで俺が本音で話したところで、この流れは止まらない気がするんだ。
「正直私は貴方としたいとは思っていない。でもエマはしてもいいと思っている。鈴もよ」
「は?」
アロンが突然暴露してきたそれに俺は呆けるしかなかった。
目の前の二人の女子の顔が真っ赤になって行くのを俺は何と無くみていて、やっと理解できた時には俺自身も体中が火照るのを感じた。
「ば!! 何言ってんだよ?!」
「大切なことよ。することで恋が芽生えるかもしれないでしょう」
「そ、そ……そういう問題じゃねえ!」
「じゃあどういう問題よ」
俺はアロンを見た。アロンも俺を見た。
何故わからない。この複雑な心境が!
「ア……アロン様、もう、いいです。ひとまず交換祭をどうするかだけでも決めましょう」
やっと鈴が止めに入った。サンキュー、俺の天使。もう俺のHPはゼロに近いぜ。
というか、もしかして、鈴は言ってきないけどこいつも俺のこと? ああ、やめておこう。俺の勘違いで終わるかもしれん。そんな無駄足踏みたくない。なんだかんだで、俺は鈴の事結構気に入っているからな……って、だから考えるのやめろ俺。
アロンは一連の表情を見て、はぁとため息を吐くと、くいっと手錠を引っ張り、俺の腕を引き寄せると、胸倉を掴んできた。
「な、なんだよ」
「遊びじゃないのよ。この子達を泣かせたら、私が貴方を泣かせるわ」
耳元でぼそりと呟かれたそれは二人にはどうやら聞こえてなかったらしくぽかんとしていたが、俺は背筋が凍る気がした。
ご、ごめんなさい。




