儀式 その1
アロンは、エマの瞳を表情変えずにじっと見つめていた。女同士のテレパシーでもあるのか?というくらい長い時間見つめていた。
俺はというとどうしたら良いかわからず、アロンと繋がっている手錠をひたすらぼんやりと見ているだけである。というか、これくらいしか今はできないだろう。
どうしてこうなった。
俺は頭を抱えたくなった。昨日から色々なことが起こりすぎている。
セイントのことを知り、エマが罰せられ、そして今度はそのエマが、アロンに向かって、「聖女子を交代してくれ」と言っているのだ。そのために戦ってくれと。
そもそも聖女子というだけあって簡単に変われるものでもないだろうし、戦うという単語が少々嫌な予感がする。それにこれは俺の勘だが、絶対セイントと何かしらの形で関わるはずだ。何せ聖女子を決めるのはセイント自身なのだから。
セイントとできれば関わりたくない、これが俺の本音でもある。
こんなことをひとしきり考えていると、鈴の声が耳に入ってきた。
「ダメです。エマ様」
俺はまさかと思い、顔を上げる。否定するのはアロンだと思っていたからだ。
「生贄に興味を持っているのは、あなただけではないと知っているはずです。大半は彼に敵対心を持ってますが、それでも異性という彼に好奇心を抱く者もいます。今均衡が崩れ、聖女子になろうとする者が次々に現れたら問題になります。それこそ内部分裂です。それに生贄を捧げるまで時間もありません」
鈴はエマの頬に触れながら、じっと目を見てそう説得する。
絵になるな、なんて邪念を払いながらも、鈴が思った以上にきついことを言うので俺は内心驚いていた。
「ええ、わかってるわ……」
過去に聖女子だっただけあり、エマも事の重大さはわかっているようだった。その間、アロンは何も言わず、俺をじっと見つめてくるだけである。
な、なんだよ……。
「あるには、あるのよ、鈴」
俺を見つめていたアロンが口をやっと開いた。彼女は俺から視線を外すと、それを鈴とエマに移す。
「歴代の聖女子にも似た事例がいくつかあったのよ。その度に聖女子交換祭を行ってきているわ」
「その存在は知っています。アロン様。しかし今の時期に交換祭をするなんて事例は過去に一度もありません」
鈴は断固としてアロンの提案を拒んだ。理屈の通った言い方は彼女らしいといえば彼女らしいが、いつもより幾分か、興奮しているようにも見える。
聖女子交換祭は名前を聞くだけでなんとなく理解はできたが、何故鈴がこう頑なに反対しているのか、この時の俺にはわからなかった。
鈴は唇をきゅっと結ぶと、俺の方に顔を向けてきた。
「貴方は理解できてますか。この状況を」
「いや……その、なんとなく?」
「なんとなくでは困るんです!」
鈴が声を張った。それに俺はびくりとしてしまい、一瞬肩をすくめる。
一体俺の天使はどうしたんだよ。
俺はその言葉だけが頭を巡る。やはり鈴らしくない。
俺は困って、アロンの腕を手錠越しにツイツイと引っ張る。
状況を説明してくれ。
俺は目で訴えかけた。そんな俺をジト目で返してくるこいつは、意地悪か魔女か何かか。
アロンは一呼吸入れると、鈴の頭に手をやった。何をするんだろうかと見ていると、彼女は一言、こう言い放った。
「聖女子交換祭をしましょう。鈴、貴女も参加してくれるかしら」
はい? もしもし? なんか余計に複雑なことになりそうなことをこの人は言いませんでした?
俺の予感は的中。驚いた顔をした鈴がそこにいたからだ。まさかアロンの口からそんなことを言われるとは思ってもみなかった、という顔だ。
「アロン様、ですから、先程から言っている通り、今やるには時期もですし、内部分裂の恐れが……」
「内部分裂の方は任せて。時期の方はそうね。彼に頑張ってもらうしかないかしら」
アロンは俺に向き直ると、表情を変えずに俺の目を見てくる。
「説明が必要ね」




