聖女子と生贄 その10
「俺がアロンにしてやってることを、エマにやってあげてくれないか」
直接触れないなら、間接的に触ればいい。ただそれだけだ。
俺はアロンの髪を撫で、ぽんぽんと叩く。それと同じように、アロンもエマを撫でた。
「触れないからな。こんな形にはなるけど」
今度は背中をさすってやった。アロンはやや赤面しつつも、同じようにしてくれる。
「俺はどうしたらいい?」
ひとしきり撫でると、俺はまた目線をエマに合わせるためにしゃがむ。大分顔を上げてくれるようになった。
「勇人……貴方は……」
エマに勇人と呼ばれることに違和感を抱きつつも、その先をじっと待つ。俺はエマを見つめた。
「私が嫌ではないの?」
いやになる理由なんてどこにあるんだと、俺はきっぱりと言い放った。
「エマ、お前はお前だろう。俺の事猿呼ばわりする、凶暴で、でも人気者で、多分だけど俺の見えない所だと部下に優しいんだろ」
彼女は目線を反らす。イエスとも、ノーとも言わない。だけど、必死に何か言葉を紡ごうとしているのはわかった。
「一日だけだけどな。代わりになれるのは」
そこまで言って、俺はアロンにちょいと袖を掴まれた。
「なんだ?」
アロンが目線を、彼女の袖に移す。エマがアロンの袖を握っていた。
なるほど、俺からエマだけじゃなく、エマから俺へのこういうやり方もあるのか、と納得する。
「なんだよエマ」
「もう、代わりはいらない」
「えっ?」
「今は……勇人、貴方がいい」
思考が停止した。エマが、目を腫らした彼女の視線が、俺の視線を掴んで離さなかった。
ちょっと待ってください、お嬢さん。
これって、告白ですか? どっきりか何かですか?
「えっ、え?」
戸惑う俺はアロンと鈴を交互に見やった。どうやらこのことも、彼女達は知っていたようだ。
「……セイントの中で、好きだった人が死ぬ場面を何度も、何度も何度も見せられたわ。その度に絶叫して、悲しくて、どうしようもなくなった。でも……おかげでわかったの。彼は死んだのだと。彼の代わりなんて一人もいないのだと」
エマは淡々と起きた事を語る。
それから、彼女は意を決したようにして、俺の瞳を覗く。
「でも、私は聖女子じゃないから、勇人にはどんなに頑張っても、触れることはできない。だから……」
彼女はアロンに目を向けた。
「聖女子の座をかけて、私と戦って。アロン様」




