聖女子と生贄 その8
シャワー室越しに聞こえるそれに俺はとにかく感情を抑えて返事する。
「セイントの罰は、貴方に与えた電撃のような肉体への物ではなくて、もっときつい精神的攻撃よ……」
「……」
「セイントは、エマを自分の中に入れると、脳の記憶を読み取ることにした。そしてわかった。貴方達が話していたことも。エマが何を求めていたのかも」
「……」
舌打ちをしてやりたかった。きっとエマはアロン達にも知られたくなかったはずだ。それをどうどうと公表するなんて。
「酷かったのはそこからよ。彼女は、聖なる男子の……想い人の殺される瞬間を目の当たりにしていたの。そのシーンを何度も何度も脳内で再生させた」
「記憶の操作か……」
やはりできるんだな、と思うと同時に、人外的な行いに俺はまた腹が立ってくる。
「装置から出てきた彼女は……目を当てられない状態になっていたわ。金髪だった髪は白髪になって、目の周りはくまと赤く腫れた目をしていて……すぐに倒れた」
「命には別状なかったのか」
アロンはタオルを体に巻き付け、シャワー室から出てくる。いい香りがそこらじゅうに広がった。
「命は大丈夫。でも、彼女は、今の状態を貴方……勇人に見られたくないと、言っていた」
「っ」
突然名前で呼ばれ、俺はびくりとした。いつも「貴方」とか「お前」とか「猿」としか呼ばれないから。
「エマが、そう言ったのか。本当に」
「ええ、『勇人に嫌われたくない』と。『彼も混乱しているだろうから今日は何も言わないで』とも」
いつも猿と呼んでいた女が突然俺の事を名前で呼ぶなんて、よっぽどの事なのだろう。
それでも俺は、彼女に会って、彼女の事を嫌いになる自信はこれっぽっちもなかった。エマはエマだ。これでも中身重視派だ。見かけで判断しているわけじゃない。
「嫌いにならねえよ。心配いらないと、伝えておいてくれ」
「鈴に伝えさせるわ」
彼女は体にタオルを巻いたまま俺を、ベッドルームに連れていく。
「着替えるから見ないでね」
「はいはい」
このときやっと俺の肩に乗っていた彼女の服が一枚一枚また彼女の体に装着させられていく。すぐそこに裸の女性がいるとなんとも興奮するものだが、今はそれどころでもないのだ。
エマ。やはりどこかで一度会わないと。
一通り服を着替え終わると、気持ちよさそうに「ふう」と一息ついてベッドに座り込むアロン。俺はと言うと、気疲れして、アロンのベッドに横になった。
横になりながら、この数日の事に思考を巡らせる。
エマのことも当然心配だったが、その友人の鈴とアロンのことも心配だった。彼女達だってショックを受けているはずだ。
――俺はこの世界に召喚されて良かったのか?
生贄と呼ばれ、どうやらそれが彼女達のためになるはずだったに違いない。でも今は違う。疫病神のごとく彼女達の運命を変えていってしまっている。
俺はちらりとアロンを見た。彼女は俺に背を向け、髪を乾かしている。
何を思っているのだろうか。
彼女は聖女子だ。他の女子とは違う。リーダーであることには間違いない。俺を召喚したことにどんな気持ちを抱いているのだろう。他の女子に対して、どういう気持ちを抱いているのだろう――
ふと彼女はドライヤーを止めると、じっとした。
「……何を見ているの?」
驚いた。完全にエスパーだこいつ。背中に目を持ってやがる。
「え、いや、なんでもない……」
「……」
アロンは黙った。
やはりアロンの考えている事はなかなか理解できない。何を思って、何を考え、何をしたいか、それがさっぱりわからないんだ。
そんな彼女が、くるりと振り向いた。
その瞳は澄んでいた。でもその奥に何か不安げなものを見せている。
「貴方は、勇人……」
「は、はい」
「……やっぱりなんでもないわ」
しばらくの沈黙の後、アロンはそう言い放った。
そら、出た。結局自分の言いたい事を言わないんだ。
ここの奴らは特にその傾向にあるのかもしれないが、アロンは余計に自分を押し殺すタイプだ。
また背を向けた彼女に、俺はくいっと手錠を引いてみた。
「何よ?」
背を向けたまま、アロンは尋ねてくる。
「何を言おうとしたんだ?」
「別に何でもないわ。大したことない」




