聖女子と生贄 その3
エマは当たり前のことのように話すが、俺にはそのセイントという機械が非常に気にくわない存在になっていた。今更倫理的なことをいうつもりは全くない。だが、とにもかくにも、セイントがもしも人間であるならば、いけすかない奴であることには間違いなかった。
彼女達は作り出され、無理矢理に知恵も知識も与えられ、人間の格好にさせられるのだ。そして戦争しているこの事態を否応なしに受け入れる。彼女達にとって、人生とは一体何なのだろうか。
そのいけすかないセイントは彼女達を生み出した後に、能力値のテストをするらしい。彼らから血液サンプルを取り出し遺伝子の解析をし、実際に筆記問題を解かせたり、運動させたりする。その後に、その時できあがった人間で最も出来のいい人間に、称号を与えるのだ。
「それが、聖なる女子のことよ」
彼女は手に持っていた紙をおもむろに広げると、そこには歴代の『聖なる女子』が写真付きで載っていた。当然、アロンの姿もそこにあったが、驚いたのはその一つ前だった。
「お前もだったのか?」
エマは頷く。そう、目の前にいるエマも、聖なる女子だったのだ。
「ちょ、ちょっと待て。ということは聖なる女子は短期間に何人も……?」
「正しくは一年に一度。私達は、新たな生命を生み出す日があるの。その度に交代してきている。そしてこのシステムは男性側にもある。聖なる男子よ」
この時点でなんとなく把握できていた。ようするに一年に一度、生命が誕生し、その度に称号を持った男女が誕生する。
けれども、どうしてもそれでは片想い、恋愛に発展する点が見つからない。俺はその点について質問をした。
「……アロン様がなかなか言いたがらなかったのは理由があるのよ。いい思い出ではないはずだから」
「何だよ?」
エマは一瞬黙ると、口を開けて俺の考えをまた越えていった。
「聖なる者に選ばれた者は生後すぐに、生贄にされるのよ。一年もの間」
寝耳に水だった。
「生贄に……?」
生贄の役割を終えた時、初めて称号をつけて、それぞれの戻るべき場所へ戻ることができるというのだ。
つまり最も出来の良かった人間は、戦争相手の懐で一年間生活をし、その後役割を終え、やっと女子は女子の下へ、男子は男子の下へ戻ることができる。そこで初めて、聖女子、聖男子と呼ばれる存在になるのだ。
「となると、待てよ……。この流れだと生贄がまさか、遺伝子の……」
「そう。セイントに遺伝子を提供するのは選ばれし者の遺伝子。生贄の遺伝子よ」
ああ、と俺は項垂れる。
これか。俺の役割は……。
俺は次の生贄――いわば次の聖女子と聖男子――を生みだすための生贄という名の遺伝子提供者なのだ。
ここまで思考して、はっとする。嫌な事に考えが回ってしまった。
「じゃあ聖女子、聖男子はまさか自分の遺伝子でできたやつと毎日『儀式』をするのか」
「そうよ」
俺は腸が煮えくりかえりそうになった。セイントはどこまで卑劣なんだ。これが人間だとしたらただの異常者である。この異常者の脳があるなら、他にどんな事を考えるだろうか。卑劣で、残酷で、到底人間とは思えない思考回路があるこの機械なら。
「まさか……お前の片想いの奴って」
「やっと話が繋がったみたいね」
完全異性と隔離されたこの世界で、恋心が芽生えるとしたら、考えられることは殆ど限られてくる。特に生贄を経験しているなら尚更だ。
「エマ、お前、自分の遺伝子提供者……その時の聖なる男子に恋をしたんだな」
決して結ばれてはならない恋の一つだ。いくら作られた者だといっても、彼らはそれでも人間なのだ。理性もあれば、感情も存在する。それはエマも同じだった。彼女も心を押し殺し、その聖なる男子と毎日儀式を行い、それ以上でもなく、それ以下でもない存在であった。
もっと簡単に言おう。エマは、自分の遺伝子をくれた人、父親分に恋をしてしまったのだ。きっとエマだけではない。数百年も行われてきているのだ。間違いを犯した者もいるだろう。
「私は、ただの生贄だったわ。それ以上になることもなかったし、それ以下になることもなかったから安心して」
そう言いつつも、彼女の瞳は黒かった。
セイントは機械だ。機械だからこそ、ここまで残酷にできるのだ。
「……おい、待て。じゃあ何故俺は召喚されたんだ」
ふと怒りから我に返ると一つの疑問にぶち当たる。その流れでは俺は要らないはずだ。
「セイントの失敗よ」
「失敗?」
俺は眉をひそめる。




