人魚随想
即興小説から転載 お題:彼女と会話 制限時間:15分
地獄の世界を進むがいい。
幻想夢幻から出られない住人たちが、闇の中に浮かんでいる。
光の中に閉じ込められて、『記憶』をループしているのさ。
さて、お次はどんな記憶を見つけるかな?
それを選んだね。ああ、美しい人魚だろう?
憂い顔の美しい女が、水の中に閉じ込められている・・・え?可哀想?あはは、そうかも知れない。
少し、彼女に話しかけてみるといい。なぁに、彼女は昔、人間だったんだ。光の中の記憶の標本は、案外饒舌なものだよ・・・。
あら、こんにちわ。
え?うふふ、案内人の言うとおり、私は昔、人間だったわ。何でこんな格好になってしまったか、知りたい?
私を見ると、どんな誰でも、憂いを帯びた大人しい、美しい女だと思うでしょうね。
ええ、私は自分の事をよく知っているわ。
だからこそ、あれだけ男を侍らすことができたのよ。
私は誰よりも愛されたわ。私、楽しくって、いっつも男を誘惑したの。学校で、喫茶店で、家で・・・姉の彼を、友人の婚約者を、全く関係ない男を。みんな、私に夢中になったわ。
誰彼構わず、欲しいと思ったら奪ったわ。仕方ないわね、私には魅力があるんだもの。
私は彼らの女王だった。男の誰もが、崇拝したわ。
私は男をとっかえひっかえして、平行して何人もと付き合ったりしたわ。デートもたくさん行ったし、贈り物もたくさんもらった。指輪でしょ、髪飾りでしょ、花束でしょ。欲しいものは、何でも買ってもらえたわ。
他の女の視線なんて、気にならなかった。だって、私は誰より美しい。誰より愛されている・・・。
これは自然の法則と同じなのね。強い者が生き残る。
誰より美しい私が選ばれるのは、当然でしょ?
だけどね、ある日、一人の彼と海岸にデートに行ったら、そこで別の男と鉢合わせになってしまったの。
私の魅力の為に、二人はとっても喧嘩してね。嫉妬していたわ。
私はそんな彼らの為に、一芝居打つことにした。喧嘩はよくないし、段々会話の雲行きが怪しくなってきて、怒りの矛先がどこへ向くか分かったものじゃなかったからね。
「私がいるからこんなことになるのね!もう私、死ぬわ!」
私は泣きながら、海の方に走っていった。
そして、暗い夜の海に飛び込んだの。
勝算はあったわ。
二人が私を助けてくれる。
私は心の中でほくそ笑んだ。
冷たい海水に浮かび、黒い流れに取り込まれながら。
なのに。
誰かが足を引っ張った、と思ったら、そのまま私は海の中に引きずり込まれた。
たくさんの手が私の腕や足や服を引っ張って・・・私はもがいて必死に叫んだけれども、助けはこなかった。
そして、気付いたらこんなところで人魚をやっているってわけ。
目が覚めたときはもう、悔しくて悔しくて仕方なかったけれども、少し経ってから私はふと気付いたわ。
これも、きっと私の魅力のせいなんだろうって。
海も、人魚も、私のことが欲しくてたまらなかったのだわ。
今はここを通り過ぎる紳士や少年を誘惑するのが楽しみなの。
みんな私のことを見て、美しいと言うわ・・・。
如何でしたか?彼女との会話は。
ええ、まったく反省のない女さ、だからああして標本の中をくるくる泳ぎ続けるだけの存在になったのだろうね。
彼女を引っ張り込んだ手は一体何だったのかって?
さあ、私には分かりかねるが・・・
大方、海に身を投げた悲しく弱い運命を持った女たちの魂か・・・