表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻燈館「地獄の世界」  作者: 独蛇夏子
幻燈館「地獄の世界」
3/19

茶餐血華

即興小説より転載 お題:すごいお茶 制限時間:30分

 さて、地獄の世界の続きを見ていこうじゃないか。

 闇に浮かび上がる幻想夢幻の光を覗いてご覧。

 そこには何が見えるかな・・・


 ああ、その記憶を選んだのかぃ。

 その中に映るのは、とある一族の大集会だよ。

 広い立派なお座敷に、ずらりと並び座る人々は皆この名家の一族なのさ。偉い人たちばかりだよ、欲と名誉にまみれたね・・・。


 座敷の隅に座る、女が見えるかい?前掛けをかけた、女中だよ。

 そう、それがこの記憶の閉じ込められた光の主人公。

 これは彼女が見ていた世界なのさ。


 血生臭いのは平気かい?

 ここから先を見ると、もう後戻りはできないよ・・・。


 この日は特別な集まりだったようだね。何しろ一族の本家の若者が当主として正式に任命されるからね。いつも以上に皆着飾って、威厳を持とうとして華やかだ。

 上座に座る上等な着物を着た若い旦那が新しい当主さ。艶々した顔色の男だろう。隣にいる振袖の娘は結婚相手だね。彼は当主となると同時に、結婚するのさ。

 ありふれた話、そこの隅で赤い唇を噛んでいるのは彼の愛人だったのさ。彼女は自分がとッても愛されていると思っていた。自分が彼にとっての一番だと思っていた。

 だけど、彼は彼女に結婚すると告げたのさ。

 「これからも、よろしく頼むよ」

 そう彼女に言って、彼女の膝の上に手を乗せてね。

 後にも先にも、女はただの使用人。愛人でしかないのさ。それは彼にとって当然のことだったろうね。

 しかし、彼女にとってはそうじゃなかった。最も愛する男は、他の女と浮気するのだよ。結婚という合法的な方法を使ってだね。そして自分は二番目になるのさ。これほど女にとって悔しいことはなかったのさ。顔を白くして、耐えるように、血が滲んだ唇を噛んだ女は凄惨なほど美しくはないかね?

 さあ・・・あれは覚悟の表情だよ。ご覧、卓の上に置かれた茶碗を。

 お客用の、藍色の花々が描かれた上等な陶器の茶碗が、それぞれの前に置かれている。彼女は盆を握り締めている・・・お察しの通り、彼女が淹れた茶さ、あれは。

 それはね、 す ご い お 茶 なのさ。一見何の変哲もない、ただの緑茶に見えるが・・・。

 見ていてご覧。すぐに変化は訪れる。


 最初に口にしたのは彼の大叔父。次は姪っ子。隣にいる婚約者。親戚の子供達。ホラ、彼も飲んだ。喉を鳴らして、茶を皆飲んでいるよ。

 彼女は茶を淹れるのが上手くてね・・・。皆それを知っていて、飲むのさ。あの女中が淹れた茶は美味いんだよ、なんて言ってね。


 それから、悪夢の始まりさ。


 一族の者たちが次々に赤い血を吐き出し始めるのが見えるかい?

 胸を抑えて、苦悶の表情を浮かべて、卓に伏す者、畳に倒れ込む者、うずくまる者・・・。

 誰一人としてその身が自由にならなくなった。


 隅にいる女はただ一人、座敷の隅に座って、眺めている。

 どことなく不気味な無表情で・・・。


 倒れ込んだ若旦那は、体を反らせて彼女の方を見た。ぐっと睨みつけるのは死に際の最後の抵抗かねぇ、悪女を誑かした自業自得のくせにね。

 何か言いたげにしても口の周りは真っ赤で、血は止まらないのさ。

 彼は何も言えずに、絶命した。


 さて、座敷は静まり返った。

 広々とした、阿鼻叫喚の図。

 彼女は静かに静かに佇んで、血だまりがあちこち出来ている座敷を眺めた後、何ともないかのように立ち上がった。

 着物の裾の乱れをさっと直し、つけていた前掛けを取る。

 そして晴れ晴れした天気の下、座敷に続く庭園に降りていき、清々しい気持ちで空気を吸ったのさ・・・。


 ・・・え?彼女はどんな毒を使ったかって?

 それは分からないねぇ。

 分かるのは、彼女が『幻想夢幻』の記憶の中に取り込まれてしまった、ということだけさ。

 どんな毒を使ったのか、毒をどこから手に入れたのかさえ、分からんのさ。


 これのどこが幻想夢幻か?

 分からないかい、彼女の清々しい、美しい横顔に・・・

 これが殺人者の表情かい?いっそ、天女のような清らかさをもつ横顔。

 彼女は囚われてしまったのさ。

 愛を閉じ込めた血の中に。

 一時(ひととき)に、大勢が死した後の静寂に。

 愛しい人を殺したことより、酷い方法をとったことより、彼女は血の色をした夢幻の中に取り込まれて、その世界でしか生きられなくなってしまったのさ。

 ああ、恐ろしや。


 この後、彼女はあちこちに奉公して、その都度すごいお茶を使ったらしい。

 彼女の歩いた後には血だまりが出来るとさえ言われた。

 まァ、後に警吏に捕まったが・・・ご覧の通り、今は地獄の世界の夢幻中の住人さ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ