茶餐血華
即興小説より転載 お題:すごいお茶 制限時間:30分
さて、地獄の世界の続きを見ていこうじゃないか。
闇に浮かび上がる幻想夢幻の光を覗いてご覧。
そこには何が見えるかな・・・
ああ、その記憶を選んだのかぃ。
その中に映るのは、とある一族の大集会だよ。
広い立派なお座敷に、ずらりと並び座る人々は皆この名家の一族なのさ。偉い人たちばかりだよ、欲と名誉にまみれたね・・・。
座敷の隅に座る、女が見えるかい?前掛けをかけた、女中だよ。
そう、それがこの記憶の閉じ込められた光の主人公。
これは彼女が見ていた世界なのさ。
血生臭いのは平気かい?
ここから先を見ると、もう後戻りはできないよ・・・。
この日は特別な集まりだったようだね。何しろ一族の本家の若者が当主として正式に任命されるからね。いつも以上に皆着飾って、威厳を持とうとして華やかだ。
上座に座る上等な着物を着た若い旦那が新しい当主さ。艶々した顔色の男だろう。隣にいる振袖の娘は結婚相手だね。彼は当主となると同時に、結婚するのさ。
ありふれた話、そこの隅で赤い唇を噛んでいるのは彼の愛人だったのさ。彼女は自分がとッても愛されていると思っていた。自分が彼にとっての一番だと思っていた。
だけど、彼は彼女に結婚すると告げたのさ。
「これからも、よろしく頼むよ」
そう彼女に言って、彼女の膝の上に手を乗せてね。
後にも先にも、女はただの使用人。愛人でしかないのさ。それは彼にとって当然のことだったろうね。
しかし、彼女にとってはそうじゃなかった。最も愛する男は、他の女と浮気するのだよ。結婚という合法的な方法を使ってだね。そして自分は二番目になるのさ。これほど女にとって悔しいことはなかったのさ。顔を白くして、耐えるように、血が滲んだ唇を噛んだ女は凄惨なほど美しくはないかね?
さあ・・・あれは覚悟の表情だよ。ご覧、卓の上に置かれた茶碗を。
お客用の、藍色の花々が描かれた上等な陶器の茶碗が、それぞれの前に置かれている。彼女は盆を握り締めている・・・お察しの通り、彼女が淹れた茶さ、あれは。
それはね、 す ご い お 茶 なのさ。一見何の変哲もない、ただの緑茶に見えるが・・・。
見ていてご覧。すぐに変化は訪れる。
最初に口にしたのは彼の大叔父。次は姪っ子。隣にいる婚約者。親戚の子供達。ホラ、彼も飲んだ。喉を鳴らして、茶を皆飲んでいるよ。
彼女は茶を淹れるのが上手くてね・・・。皆それを知っていて、飲むのさ。あの女中が淹れた茶は美味いんだよ、なんて言ってね。
それから、悪夢の始まりさ。
一族の者たちが次々に赤い血を吐き出し始めるのが見えるかい?
胸を抑えて、苦悶の表情を浮かべて、卓に伏す者、畳に倒れ込む者、うずくまる者・・・。
誰一人としてその身が自由にならなくなった。
隅にいる女はただ一人、座敷の隅に座って、眺めている。
どことなく不気味な無表情で・・・。
倒れ込んだ若旦那は、体を反らせて彼女の方を見た。ぐっと睨みつけるのは死に際の最後の抵抗かねぇ、悪女を誑かした自業自得のくせにね。
何か言いたげにしても口の周りは真っ赤で、血は止まらないのさ。
彼は何も言えずに、絶命した。
さて、座敷は静まり返った。
広々とした、阿鼻叫喚の図。
彼女は静かに静かに佇んで、血だまりがあちこち出来ている座敷を眺めた後、何ともないかのように立ち上がった。
着物の裾の乱れをさっと直し、つけていた前掛けを取る。
そして晴れ晴れした天気の下、座敷に続く庭園に降りていき、清々しい気持ちで空気を吸ったのさ・・・。
・・・え?彼女はどんな毒を使ったかって?
それは分からないねぇ。
分かるのは、彼女が『幻想夢幻』の記憶の中に取り込まれてしまった、ということだけさ。
どんな毒を使ったのか、毒をどこから手に入れたのかさえ、分からんのさ。
これのどこが幻想夢幻か?
分からないかい、彼女の清々しい、美しい横顔に・・・
これが殺人者の表情かい?いっそ、天女のような清らかさをもつ横顔。
彼女は囚われてしまったのさ。
愛を閉じ込めた血の中に。
一時に、大勢が死した後の静寂に。
愛しい人を殺したことより、酷い方法をとったことより、彼女は血の色をした夢幻の中に取り込まれて、その世界でしか生きられなくなってしまったのさ。
ああ、恐ろしや。
この後、彼女はあちこちに奉公して、その都度すごいお茶を使ったらしい。
彼女の歩いた後には血だまりが出来るとさえ言われた。
まァ、後に警吏に捕まったが・・・ご覧の通り、今は地獄の世界の夢幻中の住人さ。