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幻燈館「地獄の世界」  作者: 独蛇夏子
四人の来場者所感
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来場者所感・四

 あたしとダンナのなれそめを知りたいの?


 そうね、皆に私たちのこと、話したことなかったものね。この島に越してきてもう十年。あたしも皆に教えてもらって魚の仕分けや加工になれてきたし、ダンナの移動スーパーも軌道に乗ったし。こんなに島の暮らしに溶け込めたのは、皆のお陰ね。感謝してる。

 子供たちも元気に走り回っているし。

 ・・・そうね。いい暮らしよ。昔からしてみれば、信じられないくらい。

 あのね、正直言って、あたし、こんな暮らしができるようになるなんて、想像もできなかったの。

 うん・・・まあ、なかなか大変だったわ。


 ダンナとのなれそめを聞いたついでよ。

 あたしの馬鹿馬鹿しくて、でも一発逆転の人生の話を聞いてくれる?


 あたしはね、親の暴力から逃げた家出少女で、高校中退してずっと働いてたの。

 誉められたもんじゃないのよ。仕事場は法令違反のキャバクラ。年齢偽って、夜の店に出て、色んな客の相手をしていたわ。

 都心のギラギラしたネオン街でお客をひっかけて店に引き込む。

 結構、夜の女としてキャリアを積んだけど、年齢を重ねると普通の女子高生とか、女子大生とかやってる子達がやたら羨ましくなったわ。

 何も知らない、すれてない無垢な子たち。だからね、彼女たちを真似て、童顔を生かしてそれっぽく見える格好をいつもしていたわ。見た目は普通の可愛い女子大生で、手管は玄人。お客もそういうの結構好きな人がいてね、評判だったんだから。

 そんなんで夜の世界にずぶずぶと沈んでいって、結構危ないこともあって、いつもギリギリで抜け出して。他人を蹴落とすことばかり考えている同僚と張り合って、金と地位のある男ばかりが、私を通り過ぎて行った。

 私の人生そんなもの。そう諦めていた。


 そんなあるとき彼氏ができたの。

 彼氏って、怪しい会社の社長とか、ホストとかじゃなくて、なんと、普通の人。

 彼はね、お金持ちのボンボンで、大学生って言ってたわ。親の金を使って生活しているようなお気楽な学生。格好もラルフローレンの上着なんて着ている。

 最初はいいカモだと思って声をかけたの。

 それがね、客引きのつもりだったのよ?それなのに彼、あたしをどこかの大学の女子大生かと思って、本気で夜の繁華街を歩いていることを心配し出すのよ。笑っちゃうわよね。

 もっと笑っちゃうのはあたしなんだけどね。すれっからしの癖に、かわいこぶって。思わず本当のような嘘をついた。

 家に帰りたくないのって。

 そんなあたしを宥めて、彼は家に送ってくれたわ。夜も遅いからって。

 あたしたちは色んな話をした。あたし、自分が本当に大学生になれたようで、それでいて自分のボーイフレンドと話をしているように思えて、嬉しかった。だからつい、嘘を重ねて、嘘の大学を告げて。お嬢さんな女子大生を装ったの。

 優しくて素直な人だと思った。格好よかったし。彼も私を好いていてくれていると分かったわ。目を見れば、あたしを好きになった男なんてすぐ分かる。でも、あたしを欲しいっていう目じゃなかった。ただ・・・もっとあたしと一緒にいたいって、思っているだけみたいな、信じられないような目。

 馬鹿なことに、あたしたち、次も会う約束をした。デートしましょうってね。


 あたしたちはその後も、何度もデートを重ねたわ。映画とか、公園とか、笑っちゃうほどオーソドックスで陳腐な場所に行った。

 それでも、常連のお客さんと高級フレンチに行くより楽しかった。

 あたしとお酒を飲むために札束を積まれるより、彼に買ってもらうアイスクリームが嬉しかった。

 素直に笑えたの。彼はあたしをお嬢様扱いしてくれて、いつも気を配ってくれたわ。


 ただ、会えば会うほど嘘は積もって。大学生だなんて嘘っぱちなのに、辻褄合わせのためにお客の娘さんの話とか、大学行ってた同僚の話とか、あちこちの話をつぎはぎしていた。

 彼は両親に愛された大学生。勉強家。そんな人に選ばれるなんて、汚れたあたしを本当は好きになるわけがないって思っていた。


 いつか離れることになる。


 そんな思いを抱えながら、やっぱり会いたくなって、好きで仕方なくて、寂しくなって、でも申し訳なくて。季節が刻々と移り変わる中、嘘がいつばれるだろうか、嫌われるかって怖くて仕方なくなっていた。


 そんなときだった。

 遊園地の奇妙な幻燈館に行ったのは。


 いつものデートだったの。二人で色んなアトラクションを回って、遊んだわ。観覧車は最後に乗ろうって決めていて、回転木馬にも、コーヒーカップにも乗った。

 乗り物は色々乗ったし、ちょっと変わったのもいいねって、幻燈館「地獄の世界」ってテントに入ったの。


 幻燈館「地獄の世界」の黒いテントで中は真っ暗。幻燈の内容は猟奇的なものが多いし、お化け屋敷より不気味だった。結構おもしろいものもあったけど、案内人も白い手袋と白い歯ばかり目立って顔もぼんやりしてて。変な幻燈館だった。

 でも、一番衝撃的だったのは、最後の方の幻燈。

 それはね、令嬢を装った娼婦と、金持ちの紳士を装った労働者が、恋に落ちる話だった。

 二人はね、お互いが娼婦と労働者だって知らないまま、偽りの姿でデートを重ねるの。仲が深まるごとに、嘘と罪悪感が増していく。

 それでね。最後に二人は本当のお互いの姿を知らないまま、離ればなれになってしまう。

 そして、悲惨な状況で死んでしまうの。お互い結ばれるわけがなかった、って思いながらね。


 なんだか、妙にあたしの境遇と似ていると思わない?


 その幻燈を見終わった後。

 何故だか、涙が止まらなかったの。

 自分の姿と重なったのもある。だけど、なんだか胸の底から、自分の知らない感情が湧き上がってくるみたいにして、一気に涙が溢れた。わけも分からないうちに。

 そうだったのね!って何故か腑に落ちた気持ちになって。

 兎に角色んな感情でぐちゃぐちゃだった。最後の幻燈は見れなかったくらい。


 テントの外にでたら、驚いたことに彼も泣いていた。

 それで泣いているあたしのことを見てくるんだもの。

 何にも言えないわ。お互い変だった。

 あたしたちは暫く不思議な気持ちになって見つめ合ってね。なんだか遠い昔に会ったことのあるような気さえし出して、馬鹿みたいに立ち尽くしてた。

 でも、そのときほど素直になって、勇気が出たことはなかった。

 今こそ本当のことを言うべき時だって分かったの。


 あたしは話したわ、自分が本当はキャバクラで働く夜の女だって。大学生なんて全部嘘。今まで話したことぜーんぶ、嘘だって。

 嫌われたって仕方ないと思った。それでもあたしは彼に知ってもらいたかった、本当の自分の姿を。だって、彼を愛してるのはあたし自身なんだもの。


 そしたらよ・・・彼まで嘘吐いたって言い始めるのよ?信じられる?!

 大学生のボンボンなんて嘘、親が小さい頃に死んで、高校出てずっとホテルの清掃人をやっている苦労人だった。

 ラルフローレンの上着はお客がホテルに捨てていったものだったんですって。勉強の方は、いつか大学に行きたいからごみ置き場からいつも古本を拝借して勉強してたんだそうよ。


 二人とも嘘をばらして呆然。

 それからが大変、あばずれだの貧乏臭いだの詐欺だの二人とも罵詈雑言を叩き付け合っての大喧嘩をしたわ。

 だけど気が付いたら二人で抱き合ってわーわー周囲も省みず泣いてた。

 観覧車に乗るのも忘れて。


 綺麗な嘘が好きだったんじゃない。

 やっぱり、あたしたち、お互いを好きだったのよ。

 あたしは、優しくて、馬鹿で、愚直なまでに真面目で、勉強家な彼を、やっぱり愛していた。



 ・・・それから。

 あたしたちは都会を離れた。


 あたしは夜の女として知りすぎていたことがあったし、しつこい男もいたから、それを知った彼が職場を辞めて一緒に逃げてくれたの。

 住む場所を転々として、安心して暮らせる場所を探した。あたしたちは貧乏だったし身寄りもなかった。喧嘩もしたし子供も産まれて大変だったわ。


 でも、最終的にこの島に辿り着いて。

 今十年目ってわけ。


 驚いた?そうよね。あたしがそんな汚れた女だったなんて、皆知らなかったものね。だけど、あたし、ダンナのお陰で変われたの。普通のただの女になれた。

 あたしの人生の一発逆転は、大勢の男に求められるのでもない。宝石やバッグをもらえるわけでもない。お金持ちでもない。

 好きな人と一緒になれたこと。

 それに尽きるわ。


 今はもうおばちゃんだし、化けの皮を剥がれちゃったからお互い背伸びしないというか、ダンナもあたしのことを女の子扱いしなくなったけど、まあ、優しいのは変わらないわ。

 見栄っ張りなところも変わらないけどね。それはご愛嬌。

 子供を可愛がって、よく働いて、いつも色んなことに気を配ってくれて。

 うん、やっぱり幸せかな。


 そうね。

 あの幻燈館に入ってなかったら、幻燈の娼婦みたいに、あたしも死んじゃってたかも知れない。幻の彼の遠さに絶望して・・・

 ・・・うん、ごめんなさいね、泣いたりして。

 何故かしらね。

 あの幻燈の娼婦と労働者を思い出すと、いつも涙が止まらなくなるの・・・

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