戯言
―――おい、どういうことだよ、ここは、お前らは」
俺は今、目の前にいる俺自身をまるでTPSゲームのように見下ろしている。
「俺は絶対に嫌だぞ!!俺を元の場所に帰せ!!」
っておいおい。そんなに暴れるなよ、帰っても居場所は無いぞ?俺。まぁこのクソったれな世界に比べれば元の世界は天国だよな、なんたって法と秩序と安全があるんだからな。
「ぐぇあ!…ぅおぁぁぁ」
あちゃー、そんなこと言うからだよ。出血ひどいなぁ、まぁ血が出ているだけで致命傷ではないんだな。
「がぁあああああああああああああ!!!!!!」
あぁ、そうそう。ここで右腕を一度失ったんだよな。
「俺を…元の世界に………日本に帰せ!!!!!!!!」
その願いは…叶ったって言っていいよな?
――
「おい、起きろ、おいっ」
「…んぁ、すまない…」
隣の男子に起こされ、顔を上げる。見てみれば1時限目の授業が終わり、数学教師が教室を出て行くところだった。
「時間は…だめか」
おもむろに携帯を取り、画面を見る。そこには7時42分から止まったままの時計と圏外の表示が出ている。朝のホームルーム時に渡されたプリント用紙には何故か分からないがここ一帯の電磁機器等が使えないことが書いてあったが、どうやらまだ解決していないようだ。さっさと電波が使えるようにして欲しいもんだ、昨日きた彼女からのメールをまだ返信してねぇんだよ。
にしても…
「随分と、昔のことを夢に見たもんだ…」
そういいながら隣の窓から外を見渡す。俺達がいる1―5組は2階にあるため空を街を良く見渡せない。
次は生物かぁ…あの先生は厳しいし起きておくか。
そう思いながら教科書を取り出しているとき、九月中旬の少し冷たくなってきた風の中から血の匂いを感じとった。
そして狂気の世界は一つの校内放送から始まった。
「全校生徒に告ぐ、全校生徒に告ぐ!!絶対に自分達のクラスから出るな!!!廊下にいる生徒はすぐに近くの教室に入り鍵をかけなさい!!!教師たちは直ちに――なっこいつら扉を!
うわぁああああくるなああああああああああああああああああああああああああああああああ
がふっ 」
いきなり教室内のスピーカーから聞こえた教師の声がが途絶え、変わりに別の音がスピーカーから鳴り響く。
その音はまるで蛇口から勢い良く水が出る音が酷似していて、その音が鳴り止むと次はゴムのようなものを引き千切る音と水の滴る音が聞こえる。そして同時に誰かの呼吸音が今もスピーカー越しに聞こえていた。
教室が、この階が、学校全体が不気味な静寂に包まれる。
そしてその静寂をぶち破ったのはスピーカーから流れている音と同じ、液体を何かにぶちまける音と悲鳴だった。
「ガァアアアアアアアアアア!!!」
ドンっ
ビチャッ!!
その音と共に、さっき数学教師が出て行った前の扉の窓が赤い液体で染まった。
クラスの皆がその扉を見つめる。そして扉は勢い良く外れ、人型のなにかと一緒に教室内に倒れこんだ。
扉と共に倒れこんだ物体、それは首を真っ赤にし、肩口がごっそりと抉られている生物教師と、今もその教師を喰らうゾンビだった。
「っっきゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
一番前、そして一番廊下側の席に、つまり生物教師の目の前にいる女子の悲鳴が学校中に響く。
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「ひぃ!!!」
「た、たすけてええええええええええええええええええええええ!!!!!」
まるであくびのように、悲鳴が連動する。勢い良く立ち上がり、男子生徒が出て行った後ろ側の扉から一人、また一人と走っていく。
ある者は目の前の出来事に錯乱し、
ある者は嘔吐し、
ある者は足をくじいてその場にひれ伏し、
ある者は、突如現れた別のゾンビに腕を噛まれていた。
そして俺はいまだ眠気の飛んでいない状態で起きたこの事態を徐々に理解していき、目の前に現れたゾンビを目にして、
「ゾンビか
蘇生魔法か聖魔法、覚えておけばよかったな」
そんなくだらないことを口走った。