治療三、
不思議な男と、イジメを苦に自殺まで考えている女。
彼持ち前の無茶苦茶な論法論理で、彼女を救うことはできるのか。
いやそれ以前に、彼は彼女を救う気があるのだろうか・・・・・(苦笑)
秋の晴れ渡る青空、穏やかで涼しい風。
外に出るだけで気分が高揚しそうなこの日、なんとも最悪な気分の女が一名。
・・・・・・・・・・
「どうかしましたか?」
けろっとした表情で男は彼女を見据えた。
どうかしましたか、だって?
この男は、今自分が何を言ったのか分かっているのか?
・・・・・死ね、と?
これはなにかの聞き間違いであろうか?
まがいなりにもカウンセラーを名乗るものが、患者に向かって「死ねばいい」と?
はは・・・冗談でしょう?
彼女は何が起こったのか分からないように呆然と彼を見つめていた。
そんな彼女を、男はこれまた不思議そうに見つめ返す。
「何を驚いているのですか?
なんですか?それともあなたは、私に慰めの言葉を期待していたのですか?
『そんなことないよ』とか、『もっとがんばれ』とか、
その男の子のように、心にもない嘘っぱちの慰めの言葉が、あなたは欲しかったのですか?
もう人間なんて誰も信じられないとでもいいたげな口ぶりで、まだ私に助けを求めようとしたのですか?」
男はいたずらっぽく、ククと笑った。
「簡単ですよ。
『頑張れとか』『大丈夫』とか言うことは。
口だけなら何とでもいえる。
それが心とまっとく正反対だったとしても、簡単に言えるんです。
特にあなた方の年代に多いんじゃないですか?
例えばある女の子が髪を切ったとしましょう。
次の日学校に行くと、その子は友達たちにこう言われるんです。
『わー、かわいくなったね!』『うん、すごく似合ってるよ!』
なんてね。
吐き気をもよおしませんか?
もよおさないのなら、あなたは相当人間ができていると思います。
なぜならその子たちが、本当に『かわいくなった』なんて思っているはずがないからです。
どうせ、『あーあ、元が悪いから何したって変わんないって』
くらいにしか思ってませんよ。
私はそんなことできませんね。
あなたも分かっているでしょう?
人間なんて、結局自分の保身しか考えていないものです。
そんな人たちが、他人へ励ましの言葉をかけるなんて、まずありえないでしょう。
自分ひとりで精一杯なのに、人を思いやる余裕なんてあるわけないでしょう。
そんなことも分からずに、他人の助けを求めようなんて・・・・・愚かですよね。」
未だ膠着して動けない彼女にため息を吐きかけ彼は続ける。
「まぁ、そんな嘘偽りの言葉でもかまわないなら、誰にでも言ってもらえばいいでしょう。
先ほど言ったように、言葉に出すのは簡単ですからね。何とでも言える。
気付かないフリをして、その男の子に助けを求めればいいじゃないですか。
でも、私はそんなことできませんね。
私自身もそんな風に自分を偽るなんて心苦しいし、
あなただってそれで満足できるわけないでしょう。
確かに私の言葉はあなたを傷つけるかもしれない。
でも、他人に媚びへつらう嘘を並べるよりはましだと思いますよ。
それに私自身も気が重くない。
なぜなら今私が言っていることは、すべて私の本当の気持ちですからね。
こう話すことになんの負荷もない。
そうですよ。自分の本当の気持ちは大切にしませんと。」
若い男は顔をほころばせながら言った。
それより、何故この男は笑っている。
最初に見たときは、とても優しそうな笑顔だと思ったが、撤回する。
これではまるで、私を嘲笑っているようではないか!
彼の笑顔の印象が、不快なものへと変わるにつれ、
彼女の怒りは沸々とこみ上げてきたが、そのことを知ってか知らずか、男は構わず話し続ける。
「むしろ、私はあなたの意思を尊重したいのです。
死にたいんでしょう?
死ねばいいじゃないですか。
自殺、と聞くと、だれしもいい印象はもっていないようですが、それは間違いです。
自殺だってちゃんとした人生の選択です。
大学受験、就職活動、結婚。
それらももちろん人生の選択ですけれども、
“自分の意志で”人生を終わらせること、だって、ちゃんとした選択でしょう?
だから、あなたが死にたいと思ったら、それで納得できるなら、死ねばいいんです。
自殺を止めるなんて、ひどいことだと思いますけどね。」
彼女は悲憤した。
何故こんな男に、こんなことをいわれなければならないのか。
得体も知れない男についてきたのはやはり間違いであった。
少しかっこいいと思ったら、こいつはいったいなんだ?
わけの分からないことを言って、気持ちの悪い笑みを浮かべ、
単にストレスの解消に私を選んだだけなのではないだろうか。
そう、顔がいいやつはみんなそうだ。
いつも自分がすべて正しいと思っている。
みんなにちやほやされ、余計付け上がる。
こんなやつらばかりだから、私は・・・・・!
「あなたに、私のことがわかるはずがない!」
気が付くと、彼女は怒りに任せて叫んでいた。
今まで感じてきた社会への矛盾、苦しみ、悔しさ、悲しさ。
それらすべてを今、彼一人にぶつけているようだった。
「上等だ」とでもいいたげに、フフンと男はにんまり笑って言う。
「分かりますよ。」
「分からないよ!」
一秒と間をおかず、彼女も即刻否定する。
「あなたみたいな綺麗な顔をしていたら、どうせ人生すべてうまくいってきたんでしょう?
みんなに優しくされて、愛されて。
そんな人に私の苦しみが分かるはずなんてない!」
一気にまくし立てた彼女は、少しトーンを落として言った。
「私は、今まで生きていて、いいことなんて何も、何もなかった。
私だって、もっと、可愛く生まれてたら、こんなこと・・・ならなかった。
いじめられだってしなかったし、もっと、毎日が楽しく過ごせたんだ・・・・・
全部、この顔のせいなんだ・・・・・。
でも顔なんて、どうしようもないじゃない・・・・・。」
彼女が下を俯き口を噤むと、再びこの部屋はシンと静まり返った。
この家の周辺に他の人家はない。
葉を染めた疎らに生える木々と、閑寂な空き地が広がるのみ。
世俗から切り離されたようなこの場所に、彼女の悲痛な言葉が寂しげに染みていった。
「分かりますよ。」
再び訪れた静寂の均衡を破ったのは、やはり彼のほうだった。
「だから、あなたなんかにわかりっこない!」
彼女はそう言いかけ、ハッと何かに気付いたように言葉をつぐんだ。
なんと、ずっと微笑み続けていた彼の顔から、笑みが消えたのだった。
「あなたは、私の顔を綺麗、といいましたね?」
男が初めて見せる悲壮な表情に戸惑いながらも、彼女は答えた。
「・・・いったわ。
私だってあなたくらいのルックスだったら・・・もっと・・・」
「いじめられなかったと。人生楽しく生きられたと。」
一瞬彼女も複雑な表情を見せるが、すぐにゆっくり、こくんとうなずいた。
「確かにそうかもしれませんね。
人はまた、外見でものを判断するのです。
『外見で人を判断するな、人間は中身だ』などとは言われていますが、
結局第一印象は表面、容貌なのですから、それが優れていないと、正常な人間関係を築くのはやはり難しい。
確かに、もしルックスが悪くても、人並みはずれた能力の持ち主だったり、神の様に性格がよかったりしたら、
外見の劣等なんか霞んでしまうでしょう。
でも普通の人が、そのハンディを乗り越えるのは至難の業なんです。
絶対に不可能とは言いませんが、ルックスという能力を持つ人よりはずっと多くの努力をしなければいけない。
どうしても、顔がよいほうが、人間関係をスムーズに進めやすいのです。
当たり前のことなのに、みんな隠してるんですね。
つまり、ルックスが悪いというのは、
目が見えない、耳が聞こえないなどの障害と同じなんです。
その程度が違い、この社会がそれを隠しているだけなんですね。」
気が付くと、彼はまた微笑んでいた。
最初は感じのいい笑顔。
次は、ゾッとするほど不快な笑顔。
今は、彼の笑みにもう何も感じることはなかった。
「そ、そうよ。だから私だってもっと・・・」
彼は私に同情してくれているのか?
最初はメタメタに批判してくれたものだが、ここにきてやっと私の苦しみを理解したのか。
何れにせよ私の意見を肯定していることには変わりない。
ここで何か言い返してやらなければ私の気持ちが収まらない!
今がチャンスとばかりに何か反論しようと試みる彼女であったが、ここでもまた話を遮られる。
「かわいらしく生まれていれば、こんな目にもあわなかったと。
そうですね。そうかもしれませんね。
でもあなたは、そのハンディキャップを克服しようとしなかったじゃないですか。
何もしようとしなかったじゃないですか。
誰か人に助けを請うばかりで、自分では何もしなかったじゃないですか。」
一時収まりかけていた彼女の怒りも、この言葉によって一気に最大値にまで駆け上る。
「わ、私が、どんな辛い目にあって、どんな苦しかったかが分からないからそんなことが言えるんだ!
あ、あなたに、あなたなんかに私の気持ちがわかってたまるもんか!!!」
彼女は机を打ち叩き立ち上がった。
もしこの家の前を誰かが通ったら、何事かと足を止めたであろう。
「分かりますよ。」
男は表情も変えず繰り返し言った。
「私も、ルックスのことですごく悩みました。
好きな人ができても、顔のせいで、いつもフられていましたね。
せめて性格はと思って、自分を押し殺し、いい人を演じても、
やはり顔がいい人には全然かないませんでした。
あなたと同じ高校生のとき、
仲のよい友人に好きになった人を奪われたときは、相当ショックでしたよ。」
男は、はにかむように笑った。
こんな綺麗な人でもフられちゃうんだ・・・なんて悠長な感情はすぐに押し殺す。
「あ、あなたのその容姿でそんなこといわれても、嫌味にしか聞こえないわよ!」
「本当に私のこと、綺麗だと思いますか?」
こんな、どこの自信過剰ナルシスト男でも言わないようなセリフを彼は平然と言った。
しかしそれは、嫌味でも、皮肉でもない様子であった。
むしろどことなく、哀愁のようなものを漂わせていた。
そんな彼に頬を赤らめた彼女は恋心を抱いた・・・はずはないが、
こちらも多少赤面しそうなセリフを怒鳴り返した。
「ええそうよ!あなたは私が今まで見てきた中で、一番綺麗で、かっこいいと思うわよ!」
「整形、ですよ。」
・・・・・・・・・・
そして再び静けさが戻る。
彼女の感情の起伏をグラフに表せば、この短時間の間にもかかわらず、嵐のように激しい曲線を描くことであろう。
骨組みは一応、EDまで完成しております。
しかし、もし読者様から衝撃的なメッセージを頂けたら、この話のEDも変わるかもしれません(笑)
って別に衝撃的じゃなくてもいいので、ご意見ご感想頂けたら幸いであります。