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治療二、

たどり着いたのは、丘の上にぽつんと立つ小さな家であった。

一見すればただの民家にしか見えないのだが、玄関には、表札の代わりに「カウンセラー」と書かれた看板がかかっている。

どうせなら、「カウンセリング受け付けます。」とか、「〜〜診療所」とでもしておけばいいのに、ただ「カウンセラー」とだけ書いているのはどういうことなのだろうか。


それより、この男は誰?


訝しげな彼女を余所に、白衣の男は「どうぞ。」とだけ言って家の中へと入ってしまった。

かなり不信はあったが、男の態度は誠実だし、外見もまたとてもハンサムであったため、彼女は言われるがままとなった。

なにより、今更何があったとしても、彼女はすべて受け入れられる状態であった。



応接室のような部屋に通された彼女は、大して高価でもなさそうなソファーに座った。

ボスンという音と共に埃のようなものが舞う。

男もまた同じようにして対面上に座り、笑顔を添えて言った。



「さて、あなたのことを聞かせてもらいましょうか。」



最初に呼びかけられたときと同じように彼女は驚いた。



何を言っているのだろう。

突然話しかけて、こんな場所に連れ込んで、初対面なのに自己紹介もしないで、それでいきなり「あなたのことを聞かせてもらいましょうか。」だって?

どう考えてもこの男、普通じゃない。



今すぐにでもこの場から逃げ出そうかと思った。



しかし立ち上がろうとした瞬間、彼女は自分が何をしに、わざわざこの高台まで来たのかを思い出した。


そう、最後にしようと・・・思ったからであった。



(ああ、そうか。

この人は私の話を聞いてくれるのだろう。

きっと、思いつめた様子で街を見ていたから、心配してくれたんだ。)


表札には仰々しく「カウンセラー」なんて書いていたし、何度も言うとおり、悪い人にはとても見えない。

例えこの彼の優しさが下心ゆえの所為だったとしても、それはそれでかまわない。

だって失うものなんて、もう何もないから・・・・・。



スゥと息を飲み込むと、彼女は溜まっていたものを吐き出すかのように話し始めた。



「私は、通っている高校で、イジメを受けています。

理由は、顔が気持ち悪い、からだそうです。

人に迷惑をかけたり、性格が悪いというなら、まだ直しようもあります。

でも、顔がダメ、なんていわれたって、私はどうすればいいというのでしょうか。


イジメはエスカレートして、みんなで無視することから、机に落書きをしたり、最近では暴力を振るわれるまでになりました・・・。」



彼女が帽子を深くかぶっていたのは、このためであったのか。



とはいえ、実際彼女がそんな化け物のような顔をしているのかというと、そうではない。

まぁ、お世辞にも美人とはいえないが、それでもしごく普通、一般平凡オーディナリーの女の子である。

とにかく、それが原因でそのようなイジメを受けるとは到底思えない。



ということはやはり、イジメの原因は彼女の内面、つまり性格によるものではないのだろうか。



・・・いや、そうとも言い切れまい。

人間はいつだって自分より弱いものを蔑み、自分の負の感情の捌け口とする。

イジメの対象などは、実際誰でもよいのかもしれない。

一人を共同の敵としてしまえば、悲しいことに、その集団は逆に結束が固まるのだから。



彼女は下を俯き、少し間をおいてから話を続ける。



「でも、私は平気でした。いえ、全然平気なんかじゃなかったです。

でもあの時までは、まだ、それでも頑張ろうと思ってました。」



男はというと、うんうんとか、なるほど、とか頷きながら彼女の話を聞いている。

その、瞳だけで人を魅了できるような美しい笑顔は崩さずに。



「・・・私には同じ高校に通っている幼馴染の男友達がいて、彼は、私がそんな風にいじめられているのを知り、励ましのメールをくれるようになったのです。

『気にすんなよ』とか、

『もっと自分に自信持って大丈夫だよ』とか、

私はそれだけで、本当に救われる思いがしました。


でも・・・・・」



無意識のうちに拳に力が入り、体が震える。



「でも、あの日、私は聞いてしまったんです。

彼が友達と、

『え?お前、あいつとメールなんてしてんの?うわっ、お前さー、よく気持ち悪くねーな。』

『ち、ちげーよ。ちょっとからかって遊んでんのさ。少し励ましてやったりするとさ、

サイコー喜んだりして、めっちゃ感謝とかしてくんの。マジ面白いって。』


って、話しているのを・・・・・」



彼女の頬を涙が伝った。



(アレ、おかしいな。

もう、涙なんて出尽くしたと思ったのに。

それなのに、こんな、初対面の人の前で・・・。)



自分では、こんなところで泣くなんて恥ずかしいと思うが、涙は次から次へと止まることを知らない。

涙腺だけはまるで独立した器官のようだ。



そしてそのうち、すべてがどうでもよくなる。

羞恥の気持ちも次第に薄れ、泣くという行為が自分の慰めへと変化していく。



人に話すという行為は、他人との意思疎通のためにある。

しかしその行為は、自分の心の中を整理し、抑圧して消してしまおうと思った記憶をも甦らせてくれるのだ。

彼女もまた、その話すという行為により、心の奥底に押し込めた悔しさや悲しさが涙と共に一気に溢れ出たのだった。



「クラスのみんなにイジメられ、信じてた、たった一人の友達にまで裏切られて・・・


だから・・・私なんて、もう死んでしまったほうがいいんです・・・!」



彼女は泣きながらそう叫んだ。




心地よい風が窓から、この部屋を覗き込む。

時折り聞こえる木々のそよめきと、彼女のすすり泣く声以外には何も聞こえなかった。



男は、優しい微笑を浮かべながら彼女を見つめていた。

この部屋の空間だけ、まるで時間が止まっているかのようだった。



やがて男は、ゆっくりと口を開く。



「ええ、・・・」



彼女は彼の言葉に、目を真っ赤に腫らした顔を上げる。


しばらくの沈黙の後、彼は満面の笑みでこう言った。




「死ねば、いいですよ。」







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