治療一、
ある晴れた日。
ビルが立ち並ぶ、都会の商店街の大通りを一人の女が歩いている。
ジーンズパンツにジャケット姿で、一見少年のようにも見えた。
キャップを目深にかぶっていたために表情は読み取れなかったが、
決して、これから友人や恋人と遊びに行くなどという嬉々とした様子でないことは確かであった。
路地に入ると、大通りの人ごみとは打って変わり、がらんと疎らに一人二人歩いているだけとなる。
建物の高さはどんどん低くなり、住宅街に入っても彼女は歩き続けた。
足取りは重く、空は青く澄み切っているというのに顔も上げない。
彼女の目には灰色のアスファルトしか映っていないのだろう。
青空を自由に飛びまわる鳥たちの囀りも、彼女の気を引くことはできなかった。
なだらかな坂にさしかかったが、
ずっと俯いているだけの彼女が、ここが坂だということに気が付いているかどうかは定かでない。
それでも彼女は黙々と歩き続ける。
坂を上り切ると、視界がサーと開けた。
町が、見える。
彼女の住んだ町、彼女の育った街。
ここで彼女は初めて顔を上げた。
太陽の光が彼女を襲う。
思わず目をつぶり顔をしかめてしまうが、
次第に慣れてくると、彼女の目にも、丘の上から見える町の風景が広がった。
微かに見える遠くの山までも、びっしりと建物が並んでいる。
そんなに大きくない町ではあるが、自分一人の視点からこうして見ると、自分の矮小さが身にしみる。
思わず胸が熱くなった。
しかし涙はでなかった。
そんなもの、もうすっかり涸らしてしまったから。
(私、頑張ったよね。きっと、精一杯やったよね。・・・・・もう、いいよね。)
彼女はそう呟くと、ぎゅうと拳を握り締め、もう一度しっかりと町を睨みつけた。
「あなたですか。」
突然後ろから呼びかけられ、
完全に不意を衝かれた彼女は驚きを隠せず、後ずさりをしながら振り返る。
見れば、若い男が立っている。
柔らかそうな白い肌と、なびく綺麗な黒い髪。
スーッと整った眉と、優しそうな瞳。
まだ二十代そこらにしか見えないその男は、これまた綺麗な染みひとつない白衣を身にまとっていた。
「どうぞ、こちらです。」
邪気のない微笑を彼女に向けそう言うと、彼はゆっくりとした足取りで歩き始めた。
彼女もまた、そんな男に吸い込まれるかのように歩き始めたのだった。
読んで下さいましてありがとうございます。
何か短い作品を書きたいと思い投稿しました。
全部で五話くらいになると思います。
もしよろしかったら、これからもしばしお付き合い下さい。