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第6話



ある日、部屋で刺繍をして過ごしていたアリサの部屋に、

母がやってきた。





「アリサは本当に刺繍が上手ね。」



今はちょうどクッションカバーの刺繍をしていたところだった。



色を組み合わせて刺繍をしていくと、絵画のようにも見える。

退屈しのぎで始めた刺繍も、気付けば上達しており、それなりに楽しい。


そして、こうして褒められると、次はもっといいものを作りたいと、

創作意欲が湧く。



「私に出来ることといったら、これぐらいしかないわ…。」



所詮は役に立たない特技だ。



「応接室や客室にあなたが刺繍してくれたカバーを置いていると、

とてもお客様は喜んでくれるわ。」



アリサが考えていることを読みとったのか、母はフォローを入れてくれる。



「それに、うちには庭師なんて必要ないぐらい庭は整っているわ。

私はセンスがないから、きっと上手くできないでしょうね。」



どうやら、母に気を使わせているようだ。




結局、何をやっても自分は周りに気を使わせ、心配を掛けてしまう。

誰の重荷にもなりたくないのに、情けない話だ…。









このままでは、気持ちが沈んでしまいそうなので、話を変える。



「母さま、私に何か用事があったのではないですか?」



部屋に入ってくる時に、話したいことがあると言っていた。



「ああ、そうそう。すっかり忘れていたわ。」



手をポンと打って、要件を思い出したようである。



「レイの婚約者の方が、

来週うちでディナーを一緒にすることになったのよ。」

「兄さまの婚約者の方ですか?

私はまだお会いしたことないから、どんな方か楽しみだわ。」



レイに婚約者が居ることは知っていたが、これまで家に来たこともなかったし、

何よりアリサがパーティーの類には参加しないので、

会う機会がなかった。


家に来るということは、メイド達が言っていたように、

いよいよレイの結婚も間近なのだろう。



「母さまはもちろんお会いしたことがあるのよね?

どんな方だった?」



未来の義姉となる人だから、気になる。



「彼女のお父様は伯爵位を持っていらして、貿易関係の事業もされているそうよ。

家柄的には申し分ないとは思うのだけど…。」



歯切れが悪い母を、不思議に思う。



「何か、問題でもあるのですか?」

「私達が決めた相手ではなくて、レイが勝手に選んだ方なのよ。」

「兄さまは、その方となら結婚したいと思ったのね。」



どちらかというと、レイは異性と関わるのが面倒のようで、

これまで誰かと付き合っているという話は聞いたことがなかった。


その兄が選んだ相手なのだから、よほどその女性を気に入ったのだろう。


しかし、母はアリサが思っていることとは逆のことを言い出した。








「…どうかしら。」

「え?」

「相手の方はレイのことをとても好きなのだと思うわ。

でも…。レイは自分で選んだ婚約者なのに、

その方に好意を持っているようには見えないのよ……。」



自ら選んだ婚約者を大切にしていないなど、あの優しい兄がするはずがない。



「母さまの気のせいではないですか?

兄さまは優しい人だから、きっと相手の方を大切にしていると思います。」



アリサは母の思い過ごしだと示唆するが、母の表情は曇る。



「パーティーなどで会っても、少ししか話していないようだし、

あちらのお宅の食事会に招待されても、用事があるからと言って、

断っているみたいなの…。」

「そうなんですか…?」



それはアリサも気になる。



「このままでは先方に失礼だから、うちで食事会をすることになったのよ。」



そんな理由があったとは全く知らなかった。



「レイは一体何を考えているのかしら…。

前から考えが読めない子だったけど、最近特にわからないわ……。」



悩む母の様子からして、兄の婚約者に対する振舞いは、

あまり良いものではないようだ。



「兄さまは忙しくて、相手の方との時間が取れないだけで、

本心では一緒に居たいと思っているはずよ。」

「だといいのだけど……。」



レイはこの家の跡取りであるから、母も色々と心配なのだろう。

アリサには関係あるようで、関係ない話のようにも感じる。



「気になるのはそれだけではないけど…。」



浮かない顔で、ポツリとつぶやく。









「ねえ、アリサ…。あなたはレイのことを。どう思っているの……?」






唐突な投げかけにアリサは訝るが、母は真剣だ。



「どうと聞かれても…。優しくて、良い兄さまだと思いますが?」



兄についての思いを聞かれても、どう答えていいのかわからない。



「それだけなの?」



この回答だけでは足りないのだろうか?



「え~っと…、他には…。

面倒見がよくて、気配りが出来て…。え~っと、それから……。」



レイのことについて考えていると、「もう、わかったわ」と母が苦笑した。



「あなたがそれだけなら、それでいいの…。

変なこと聞いてしまったわね。気にしないでちょうだい…。」

「?はい…。」



何の確認かわからないが、深く追求しない方がよさそうだ…。








「食事のことを言っておきたかっただけだから…」と言って、

母は部屋を出て行った。



「母さまは、兄さまの何が気になるのかしら…?」



両親とレイは昔から、あまり仲が良くはない。

口論などはしないが、どこかレイは両親とは一線を引いているようだった。



それに、アリサと話しているときに比べて、気持ちがこもっていないように感じる。


この世で、たった4人の家族なのだから、できれば皆で仲良くしたいと思う。

レイは、両親と仲良くしたくないのだろうか…?






母が言うように、アリサにもレイが考えていることがわからなかった。

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