第5話
今日は、皆朝早くから出掛けているようで、アリサは一人で朝食を摂った。
朝食を食べ終えると、早速中庭へと向かう。
今日も良く晴れているようだ。
自分で植えた花の手入れをする。
枯れてしまった花を丁寧に取り除き、肥料をまき、水をやる。
地味な作業に見えて、実は意外と体力を使う。
「アリサさま!一度にたくさんのことをなさっては、
お体に障りますよ?」
後ろに控えてアリサの様子を見守っていた、
メイドのノーラが心配そうに声を掛ける。
「平気よ!今日は昨日よりも体調がいいの。
出来る時にちゃんと花の手入れをしておかないといけないわ。」
「花が大切なのは承知しておりますが、私はアリサさまが無理をされて、
体調を崩されないかと、気が気ではありません。
…あ、プランターは私がお運び致します!」
移動させようと持ったプランターをノーラが代わりに持つ。
「プランターといっても、花が3つ植えてある程度よ?
そんなに重くは…。」
「いけません。こちらは私がさせていただきます。」
ノーラはアリサの傍で世話をし、無茶をしないようにいつも目を光らせている。
心配性で、お小言も多いが、アリサの1歳年上とあって、親近感があり話しやすい。
もし、自分に姉が居たらこんな感じだろうかと、アリサは思う。
「アリサさま、こちらに置けばよろしいでしょうか?」
「ええ、お願い。」
2人で手入れをすると、思ったよりも早く作業を終えることができた。
「ありがとう、ノーラ。」
「アリサさまが倒れたりしないか心配で、心配で…。
冷や冷やします…。」
ノーラは胸に手を当てて、息を付く。
「ふふっ。なんだかノーラ、言動が“ばあや”って感じね。」
「若年寄扱いしないで下さい。貫禄があるの言い間違いですよ。」
アリサはノーラと笑い合う。
彼女はアリサのことを理解してくれる、頼もしい存在だ。
「ノーラー!」
2人で話しをしていると、屋敷の玄関からメイドの声がした。
「ノーラー!どこ~?
ちょっとこっちへ来て手伝ってくれない~?」
何か、ノーラにしてほしいことがあるらしい。
「ノーラ、行ってあげて?何だか困っているみたいだわ。」
庭の手入れが終わり、アリサはもうすることがないので、
いつまでも忙しいノーラを引きとめておくことはできない。
「わかりました。アリサさまは、早めにお部屋にお戻り下さいね。
無茶をされるようだと、私は四六時中アリサさまに付いてまわりますからね。」
ノーラはアリサに釘をさして、玄関の方へと向かった。
「もう、ノーラは兄さま並みに私を子供扱いするんだから。」
そこで、アリサは兄が植えてくれた花のことを思い出す。
植えてある場所までくると、辺り一面に花が咲き乱れていた。
「イカリソウか…。可愛いわ。」
庭の隅にひっそりと咲いているので、注意して見なければ、
わからないかもしれない。
昨日はたまたま気付いたが…。
「兄さまの言うように、こんな所で咲いていたのでは、
なかなか気付かないわね…。」
家の敷地内で咲いていても、目をよくこらして見ないとわからないのに、
山野で自生している花は余計、人目には付きにくいだろう。
「皆に見つけてもらえない方がいいのかしら…?」
もしかしたら、誰か一人のために美しく鮮やかに、
その花を咲かせているのかもしれない。
他の誰かが気付かなくても、あなたが気付いてくれたらいいと……。
穏やかな風が吹き、花が揺れる。
目にも鮮やかで、アリサは魅かれるように見つめる。
「…なんだか、とても乙女チックな考えをしてしまったわ。」
そういう風に花の気持ちを考えてみるのも意外と楽しい。
特にすることもないので、物思いにふけるのもいい暇つぶしになるのだ。
「…でも、なぜ兄さまは花を植えたことを私に黙っていたのかしら?」
アジアから来た、見たこともない花なら、アリサに教えてくれるはず。
“木陰にひっそりと咲いていたら、誰にも気づかれないんじゃないか…”
そう言っていたぐらいだから、レイがせっかく植えても、
教えてくれなければ、アリサはわからないだろうに…。
「兄さま、植えたことを忘れてたのかしら…。」
もしそうなら、なおさらアリサが花の存在に気付いてよかった。
「忙しいから、植えてそのままだったんでしょうね。」
おそらくそうだろうと思い、考えるのを止めた。
ノーラに早く部屋に戻るようにと言われたことを思い出し、
庭を後にした。