第4話
アリサが2階の自室から1階のダイニングルームへと行くと、
上座に父が座っていて、その両隣りに母とレイが座っていた。
アリサは、母の隣へと腰を下ろす。
普通なら上座、下座と座る位置を決めなければいけないが、
いつも父は、顔が見える距離で会話をしながら食べようと言うので、
このような位置となっている。
「家族皆が揃って食事をするのは、久しぶりですね。」
アリサ以外の家族はパーティーなどに出席したりと忙しいので、
夕食を全員揃って一緒に食べることは非常に珍しいことだ。
一人で寂しく食事をすることが多いアリサにとっては、
誰か一人でも居てくれるだけでも十分だが、やはり全員居てくれた方が嬉しい。
「いつもアリサには寂しい思いをさせているから、
たまには皆で食事をしようと思ってな。」
「ありがとう、父さま。」
父は貴族だからといって偉そうにすることがなく、とても温厚な人だ。
気さくで優しく、アリサのことを気に掛けてくれている。
「ごめんなさいね、アリサ。
あなたと一緒に居てあげたいのに、なかなかできなくて…。」
隣に座っている母は、2人の子供を産んだとはとても思えない程、
美しく若々しい。
用事がない時は、庭でお茶をしたりなど、父同様にアリサを心配して、
大切にしてくれている。
「いいえ。私のことを気に掛けてくれるだけでいいの。」
アリサは父と母に向かって笑顔を見せる。
本当はもっと一緒に居てほしいが、これ以上を望んではいけないとわかっている。
役立たずの居候である自分は、家族になるべく迷惑を掛けないように、
皆の前では物わかりの良いフリをしなければならない。
「アリサの傍には俺が居るから、心配しなくても大丈夫ですよ。」
声を張り上げてもいないのに、やけに部屋中に響き渡る。
言った本人であるレイは、料理を口へと運んで食事を進めていた。
父と母はレイの方を見るが、アリサは先程の恐ろしい表情が頭から離れず、
レイの顔を直視することができなかった。
「大切なアリサが悲しまないように、一緒に居てやるのは当然のことでしょう?」
手に持っていたナイフとフォークを置いて、父と母に微笑む。
今のレイはいつもの優しい表情をしている。
やはり、あの時は自分が寝ボケていたようだ。
安心しているアリサとは打って変わって、両親は二人とも難しい顔をしている。
どうしたというのだろうか?
「レイ…」
「俺はずっとアリサの傍で、アリサを守ってやります。」
父は何か言おうとしていたが、レイの言葉に打ち消されてしまった。
兄のシスコンには慣れているアリサは聞き流していたが、
両親は慣れていないのか、余計に険しい顔をしている。
微笑む兄に、険しい顔の両親、そしてアリサ…。
家族の間に沈黙が生まれた。
なぜ、こんな状況になったのかはわからないが、
何とかしなければいけないと思い、アリサは料理に手を付ける。
「…料理が冷めないうちに、早く食べましょう!」
妙な雰囲気を一掃するために、出来るだけ明るく振舞う。
「…そうだな、食べよう。」
「…ええ、食べましょう。」
両親もアリサの意見に同意して、食事を再開した。
レイの方を見ると、別に何事もないように食事を続けている。
だが、それ以降、一言たりとも誰も話すことはなかった。
せっかくの家族揃っての食事であったのに、
アリサが一人で食事をする時よりもダイニングルームは、
静かで重い空気が流れていた…。
食事を終え、アリサは自室へと戻った。
「今日の父さまと母さまは、様子が変だったわ…。」
家族が集った時の食事は、もっと話が弾んで笑い声が絶えないのに、
今日はそれらが一切なかった。
「それに…やっぱり兄さまも…。」
表面上は変わりなかったが、どこか違和感を感じた。
皆おかしい…。
何か特別なことがあった訳でもない。
初めは普通に食事をしていたのに…。
「どうしたのかしら…?」
それになぜか、アリサも自分がおかしいと感じている。
説明できないが、何だか胸騒ぎがするのだ。
それも良いことではなく、
悪いことがこれから起きてしまうような気がしてならない…。
自分の思い過ごしであればいいが、不安がぬぐえない……。