第26話
先生の診察を受けた次の日、
アリサはレイに「今日はおとなしく部屋で休んでおけ」と言われたため、
仕方なくベッドに横になっていた。
「良い天気…。」
窓から外を見ると、爽やかな青空が広がっている。
こんな天気の良い日は思わず外へと駆け出したくなるが、
もう無理はしないと決めたので、おとなしく過ごすことにした。
しかし、ベッドの中では特に何もすることはないので、暇を持て余す。
「退屈だわ…。」
誰か話相手でも居ればいいのだが、レイは貴族達の集まりに行っているし、
ノーラをはじめ、メイド達も自分の仕事をしているのでそうはいかない。
この屋敷の中でただアリサだけが暇なのだ。
母が居たら、アリサの調子の悪い時はよく部屋に来てくれていたが、今はそれも難しい。
(母さまのことも気になるけど、部屋の中に入れてもらえないし…。)
ずっと部屋に引きこもっている母は、
傍付きのメイドと診察に来た先生しか部屋には入れていない。
久しく母の声さえ聞いていないので、とても心配していた。
(どうされているんだろう…。)
コンコンと控えめに部屋のドアを叩く音がして、アリサは、
はっと目を開けた。
考えているうちに眠気が襲ってきて、いつの間にか寝ていたようだった。
そのままドアがガチャリと静かに開くと、ノーラが入ってきた。
「アリサさま起きていらっしゃったんですね。勝手に入って失礼致しました。」
アリサの目が覚める前にも何回かノックしたようだったが、
返事がなかったので仕方なく部屋に入ってきたらしい。
「いいのよ、ノーラ。私がウトウトしてただけだから。
それよりどうしたの?」
アリサが寝ている時は用事があっても、基本は起こさずに起きるのを待つのだが、
そうせずに部屋に入ってきたという事は、起こさなければいけないことでもあったようだった。
「実は…。アリサさまにお客さまがお見えになっているんですが……。」
「え?お客様…??」
自分以外の家族を訪ねてくる客人はたくさんいるが、
外に出ず、他人との関わり合いがないアリサには、屋敷を訪ねて来るような知り合いは一人もいない。
「どなたなの?」
当然不思議に思ったアリサはノーラに誰が来たのか尋ねるが、
ノーラは少し困った様子だった。
「私の知らない方なの?」
表情から察するにあまり良い客ではないのかもしれないと思っていると、
「はぁ~」と珍しくノーラがため息をついた後、答えた。
「ライザさまがお見えになっています。」
思いがけない人物の名前を聞いて、アリサは目をパチパチとさせた。
「…ライザさまが?兄さまにではなくて、私に会いに…?」
以前に一度だけ会ったことがある、兄の婚約者が自分に一体何の用事があるのだろうか。
彼女にはあの夜の食事会からずっと会ってはいなかったし、
その時も話が弾んで意気投合したわけでもない。
(どちらかというと、私は嫌われているような気がするし…。)
初めて会ったときに、彼女から向けられた強烈な視線を思い出す。
ただ挨拶をしただけなのに、憎悪にも似た目で見られて、会話らしい会話もできなかった。
(でも、わざわざ私を訪ねてきてくださるぐらいだから、嫌われてはないのかしら…?)
もしそうなら嬉しいと思う。
レイの婚約者で近い将来結婚するのなら、アリサの家族になる人だ。
できるだけ仲良くしていきたいと思うのは当然のことであるし、
一緒に話を出来る人が増えるのはアリサにとっても喜ばしい。
(せっかく来てくださったのだから。)
寝ていた身体を起こすと、ノーラの方を向く。
「わかったわ。部屋にライザさまをお通ししてくれる?」
「しかし……。いえ、何でもありません。畏まりました。」
「…?」
何かを言いかけたノーラが気になったが、すぐに部屋を出て行ってしまったので、
それ以上は聞けなかった。
部屋を出たノーラはライザが待つ応接室へと急いでいたが、
その足取りは非常に重かった。
(レイさまがいらっしゃらない時に、アリサさまに会いに来るなんて…。)
何が目的かはわからないが、普通に会いに来たわけではないだろうと感じた。
きっとアリサに何か言いたいことがあってきているはずだ。
(…レイさまにご連絡しなくては。)
レイには「ライザが来たらすぐに連絡を寄こせ」と前から言われていた。
あまりライザに良い印象を持たないノーラは、
なんとなくレイからそう言われた理由がわかる気がした。
(あの方はアリサさまを良く思っていないはず…。)
ノーラでさえそう感じるのだから、レイも彼女の気持ちには気付いているだろう。
(アリサさまをお守りできるのは、レイさましかいない。)
できるだけ、レイに早く戻ってきてほしいと願いながら、
ノーラは応接室のドアをノックして、部屋へと入って行った……。