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第25話

応接室でアリサの健診が終わるのを待っていると、

メイドが部屋をノックして、先生を連れてきた。



「レイ様、失礼します。」

「どうぞ。」



向かいの席に案内して、互いにソファーへ腰掛ける。

レイがメイドにお茶を出すように告げると、

「次のお宅へ続けて行くので大丈夫です」とやんわりと断られた。



「お忙しいところすみません。」

「いえいえ、いいんですよ。ご兄妹揃って私に気を遣わないでください。」



先生は全く何も気にもしてないといった風で、微笑んだ。


世の中には、たいした治療もせずに、

膨大な金額を要求してふんぞり返る医者も大勢いるが、

それらとは違ってまさに医者の鏡のような先生だと感心する。





レイは真剣な眼差しで向かいに座る先生を見つめながら、

落ち着いた口調でたずねる。



「お時間は取らせません。俺が聞きたいのはただ一つです。

率直にお聞きしますが、アリサはあとどのぐらい持ちますか…?」



レイの問いかけに、先生は顔を曇らせる。

その表情からして、よい答えではないという想像はつく。


もう、ずいぶん前から治療ができる状態ではないことは知っていたし、

ここ最近の頻繁に起こる発作からして、アリサの残された時間はかなり短いだろうとは予測している。


(アリサ本人はどこまで自分の状態を知っているのかはわからないが…)



目をそらさずに、じっと見つめるレイに先生は意を決したように告げる。



「はっきりとしたことは言えませんが、半年は持たないかもしれません…。」

「そうですか……。」



これでもまだ持っているほうなんだろう。


今まで幾度も生死に関わるぐらいの大きな発作を繰り返してきていたのだから、

本当に、いつ命の灯が消えてしまってもおかしくはない。



「お力添えできなくて、大変申し訳ありません…。

私にもう少し力があればよかったのですが……。」



深く頭を下げる先生を、レイは慌てて立ちあがり、行動を制した。



「頭を上げてください。先生には十分、良くしていただきました。

尽くす手がないことは初めからわかっていましたので…。」



仕方のない事なのだ。


まだ、はっきりした病名もわからないこの時代では、当然、治療法も確立されてはいない。

症状が出たら、それを和らげるような対症療法しかこの時代にはなかった。



「先生に診てもらえて、あの子も幸せですよ。」

「レイさま…。」

「次のお宅へ伺われるのでしょう?

あなたが来るのを待っている患者のところへ、早く行ってあげてください。」



レイの言葉に先生は顔をゆっくりあげると、

「何かあればいつでもお呼びください」と言って、ソファから立ち上がった。


持ってきた荷物を持って、部屋から出ようとした寸前に、レイの方へと振り返る。



「忘れるところでした。奥様のことですが…。」

「………。」









先生が部屋から出て行ってからしばらく経ったが、レイはまだ応接室に居た。

先程、帰りがけに先生に言われたことを思い出す。



『アリサさまの前に奥様の診察をしましたが、

かなり旦那様が亡くなられたショックが大きいようですね。』



身体自体がどこか悪いというわけではないが、相当心にダメージが来ているらしい。

心を閉ざして会話もままならない状態のようだ。



『それに、何かに脅えているようで…。』



しきりに「懺悔の言葉を述べていた」と先生から報告を受けた。



「懺悔…ね……。」



テーブルの上のすでに冷めきったティーカップの中身を覗きながら一人つぶやく。

毎日のお茶の時間は一度だってかかしたことのない人が、

ずっと部屋に閉じこもって全く姿を現さないのだから、よほど後悔しているのだろう。



「後悔などしても、何も役には立たない…。」



自分のしたことに悔やんで後悔している時間ほど無駄なものはないはずだ。

馬鹿らしいと鼻で笑う。



「俺には関係のない話だな。」



先生は気遣わしげにしてくれていたが、そんなことはレイにとっては全く興味もない、

どうでもいい話だった。





それよりも、自分にはまだするべきことが残っている。







(アリサ…決してお前ひとりだけでは逝かせない……。)



ティーカップの水面はわずかに揺れていたが、そこに映るレイの瞳は揺るぎないものだった。

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