第23話
「アリサ大丈夫か?どこか打ったりしてないか?」
「…はい。」
なんとかレイに抱き留めてもらえたので地面に体を打ち付けずに済んだ。
ひとまず妹の無事を確認したレイは「はあ…」と息を吐く。
まだ足がふらついているアリサを支えて、
再びチェアに座らせると自分は近くの柱に背を預けた。
「本当は調子が悪かったんだろう?」
「えっと、ほんの少しだけ…。」
レイは座っているアリサを上から腕組みをして見下ろす。
その威圧的な格好からして怒っているのかと思ったが、
チラっと顔を伺ってみると予想に反して、心配そうな表情を浮かべていた。
「心配かけたくないというお前の心情もわかるが、
必要なことはちゃんと口に出して言ってくれ…。
今は俺がすぐそばにいたからよかったが誰もいないときだったらどうするんだ。」
「はい…。」
まったくレイの言う通りだった。
心配をかけたくないからと 無理をしても、倒れてしまったら全く意味がない。
それどころか余計な心配と迷惑をかけてしまう。
心配を掛けたくないと思えば思うほど、自分の行動がから回っているようで、
歯がゆく感じる。
「今度からは気を付けます…。」
「わかってくれたらそれでいい。もう、診察の時間だ。…立てるか?」
診察の時間が迫ってきているから迎えにきてくれたのだ。
はやく屋敷でアリサの帰りを待っているだろう主治医の先生の元へ向かわなければならない。
“早く行かなければいけないんだけど………。”
まだ体がだるくて腰をあげられない。
「…あの、兄さま。」
すぐに動けそうにないと言い淀んでいるアリサの目の前に、
レイは背を向けてしゃがんだ。
「ほら。早く。」
「え?」
何を急かされているのか理解できていないアリサは、
突然のレイの行動にどう返していいのかわからない。
「まだ自分で立って歩けないんだろう?だから俺が屋敷までおぶっていってやる。」
「えっ!?」
まさかそんなことを言われると思っていなかったので、慌てて立ちあがろうとすると、
手を引っ張られてレイの背中にぶつかる。
「ちょっ、ちょっと兄さま!こんなことをして頂くわけには…」
「これ以上先生を待たせるわけにはいかない。…しっかり掴まれよ。」
拒否するアリサを有無を言わさずに、背中に乗せて立ちあがると、
スタスタと屋敷に向かって歩き出した。
さすがにレイに掴まっておかないと落ちてしまうため、仕方なく肩に手を乗せて掴まる。
「あの…兄さま、やっぱり降ろして頂けますか?なんとか自分で歩きますので…。」
小さな子供ならまだしも、16歳にもなって兄におんぶで連れて帰ってもらうなど、
申し訳なさと恥ずかしさで一刻も早く降りたい。
「さっきまでふらついていたくせに屋敷まで歩けるわけないだろうが。
おぶられるのが嫌なら、横抱きにしてやってもいいが」
「いいですっ!このままでお願いします!!」
「なら大人しく掴まっていろ。」
どう懇願しても降ろしてくれそうにない上、お姫様抱っこよりはおんぶの方がマシなので、
妥協することにした。
“お姫様抱っこなんて…。”
ロマンチックな小説では決まって恋人同士がするのに、
それを自分達がするなど想像しただけで顔が熱くなってくる。
“私達は恋人同士ではないもの…。”
そこまで考えて、アリサははっとする。
“一体お姫様抱っこだけで何を考えているのかしら。”
兄妹なのに小説の場面を当てはめて想像して恥ずかしくなってしまった。
レイが前を向いていてくれてよかったとホッとする。
「…昔もよくこうしてお前をおぶってやったな。」
一人であれこれと考えている間、レイは別のことを考えていたようだった。
「あの頃もお前はむちゃばかりして、体調が悪くなってたな。」
「そうでしたね。」
「あれからお前も少しは成長したと思っていたんだが、あまり変わっていないようだ。」
「兄さま!」
そういうレイも、優しくて頼もしいのに、
アリサをからかって怒らせるところは、昔から変わっていない。
でも、レイの背中を見るとやっぱり変わったのだろうかと思う。
“昔よりも兄さまの背中が大きく感じる…。”
アリサの足を支える腕も力強く逞しくて、子供の頃におぶってもらった印象とは全く違う。
背中から見える景色もずいぶんと高くなった気がする。
“いつの間にか私達はこんなに大人になっていたんだ…。”
ずっと変わらないと思っていたものは、確かに変化している。
「子供の頃はずっと変わらない日々が続くんだと思っていた。」
「そうですね…。」
レイもアリサと同じようなことを考えていたのかもしれない。
こうやって昔していたことを今してみるとあの時とは違うのだと実感する。
気付かないうちに身長も、見える景色も、ずいぶん変わっていた。
「…どうして時は過ぎて行くんだろうな。」
「…?。」
ぽつりとつぶやくその顔は後ろからはよく見えない。
「幸せだった日々にどんなに想いを馳せても、どんなに願っても…、
過ぎてしまえばそれは二度と戻ってこない…。」
「兄さま…?」
幼かった子供の頃のことを単に思い出していたのかと思ったが、
この言葉はどこか後悔すら感じさせる。
「戻れないのなら、あとはもう進むしかない。
たとえ間違った道だったとしても……。」
「……。」
レイが何を諦めて、何を求めているかわからない…。
だが、さっきまで強く逞しく感じたその背中がなぜか今はとても弱々しく感じる。