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第20話



「あ…兄さま……。」



声が震える。

いや違う。足元から身体全体が震えているようだ。



「どうした?こんなところで…?」



先程までアリサに背を向けていたレイは、今はアリサの正面を向いていた。

その顔に先程の笑みはなく、いつも通りの優しい表情をしている。



「式が終わったんだから、お前は早く家へ戻るようにと言っておいただろう?」



少し離れた場所に居たレイが、アリサの方へと少しずつ歩いてくる。

その距離が近づくほどに、鼓動がどんどんと速くなっていくのを感じる。



「今日は久しぶりの外出で疲れているんだから、身体を休めないとまた寝込むぞ。」



いつものようにアリサを心配している。

どこも変わりはない。


なのに、なぜ……?


どうして、この胸はこんなにも慌ただしいのだろうか。

どうして、不安でいっぱいになるのだろうか…。



「アリサ?聞いているのか?」



あっという間にレイはアリサの目の前まで来ていた。



「調子が悪いのか?」

「いっ…いえ……。」



レイの呼び掛けに答える声もわずかに震える。



体調は悪くはない。

むしろ今日はいいぐらいだ。


でも…自分の中で得体のしれない不安がうずまいて、落ち着かない。


何に対する不安なのか…。



「顔色が悪い…。」



アリサの様子がどこかおかしいと感じたレイは、頬に触れようと手を伸ばす。



「…!」



突然伸びてきたその手にアリサは思わず身体を引いた。


まさか逃げられると思っていなかったレイは、

驚いた顔をしてゆっくりと上げていた手を下ろした。



「あっ…あの……。」



反射的に取ってしまった自分の行動に焦る。



“さっきから私おかしい…。兄さまに対してこんな行動をとるなんて…!”



何も避けるようなことではない。

レイとのスキンシップなんてしょっちゅうあることだ。


しかし、一瞬、“恐い”と感じた。

今まで一度も兄から触れられることを恐れたことなどなかったのに…。



「本当に、どうしたんだ?」



いつもとは違うアリサの行動を、レイもどこかおかしいと感じているようだった。


アリサをじっと見つめて、静かに問いかけるが、

今度は触れてこようとはしない。



「…なんでもないんです。

たぶん父さまのことで混乱しているんだと思います…それで…。」



複雑に渦巻くこの感情の正体はわからないが、やはり父のことが原因なのは確かだ。

だから、きっと些細なことでも不安に感じ、恐怖だと思うのだろう。



レイに対する気持ちや態度がいつもと違うのもそのせいに違いない。

アリサはそう自分で解釈した。



「そうか…。」

「…ええ。」



どこかアリサを疑うような、探るような目をしていたが、

アリサの返答に納得したのか口元を緩めた。



「今日は疲れただろう?

俺はまだ片づけや事務的なことが残っているから帰れないが、

お前は早く帰って、身体を休めろ。」



そういうと、自然な手つきでアリサの頭をぽんぽんと撫でた。


今も急に触れられたが、さっきのような恐怖は全く感じられず、

むしろ慣れ親しんだ安心感さえ感じた。



“兄さまが言うように、私疲れているんだわ…。体力的にも、気持ち的にも…。”



やっぱり、自分は情緒が不安定なのだ。

そう思えば全てが上手くまとめられる。






「アリサさま~!」

「ノーラだわ…。」



式が終わって、教会から姿を消したアリサを心配して探していたノーラが、

公園の入り口で大きく手を振っている。



「少し目を離している間に何をされているんですかっ!

早くお屋敷に帰りますよ!!」



遠くに居ても、今ノーラがどんな顔をしているのかが思い浮かぶ。

きっと…すごく怒っているはずだ……。



「ノーラにここに来るって言ってなかったのか?」

「えっと、忙しそうにしてたから、少しだけならと思って…。」



彼女の仕事の邪魔にならないようにと、配慮したつもりだったが、

結果としてまた迷惑を掛けてしまっていたらしい…ということに気付いた。


きっとあっちに言ったら、またお説教をされるだろうと思うと、

余計に疲れた気がした。


レイもそう思ったのか、「説教決定だな」とつぶやく。



「心配を掛けるお前が悪いぞ。腹をくくって早く行ってやれ。」

「…はい。そうします…。」



レイに挨拶をして、アリサはノーラの元へと歩き出した。






ノーラにやはり何かを言われながら、アリサは公園を去って行った。

その後ろ姿をレイは微笑ましく見ていたが、ふとその表情を崩す。



“さっきは明らかに俺を避けていたな…。”



アリサは、自分は混乱しているだけだから心配ないと言ったが…。

本当にそうなのか。


本人が意識していないところで、何か感じているのではないだろうか。



“まぁ、どちらでもいいか…。”



細かい事にいちいち気にしている暇などない。

すでに匙は投げられたのだ。


これは、自分の全てを掛けた計画…。

引き返せなくなることなど、承知の上。




ならば後は進むだけ。




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