第18話
「ころ、され…た……!?」
父が亡くなっただけでも衝撃的だったが、
その死因が…誰かに殺されたなんて更に衝撃的だった。
思いもよらない出来ごとばかりで、アリサの頭は益々混乱していく。
「父さまが殺された…。」
自分で発した言葉なのに、まるで別の誰かが話しているみたいで、
全く耳に入ってこない。
今自分の身に起きていることは一体現実の出来事なのだろうか?
まだ自分は深い深い夢の中に迷い込んだままなのではないだろうか?
必死で現実を見ようとするが、ただただ目の前が真っ暗で何も見えない。
「………。」
もはや放心状態のアリサを、レイは何の感情も持たない表情で見つめる。
突然前触れもなく起こった不幸な出来事に戸惑うアリサとは対照的で、
自分の父親が誰かに殺されてしまったというのに、
ひとつも悲しみを表情に表わしていない。
人の生死になどまるで何の興味も持たない冷徹な兄の表情も、
今のアリサの視界には入らなかった。
「一体誰が父さまを…!?」
父は決して誰からも恨みなど買うような人ではなかった。
むしろ誰にでも平等に接していて、他の貴族からの人望も厚かった。
何よりも平和を好む人であったので、
他人との小競り合いも今まで一度も起こさなかったはずである。
なぜその父が殺されなければいけなかったのだろうか。
「…誰が父さんを殺したのかはわからない。
ただ、医者が死因を調べた結果、グラスの中に毒が入っていたらしい。」
パーティー会場でどのように犯行が行われたかは不明だが、
毒が混入されていた飲み物だと知らず、不運にも父はそれを口にしてしまった。
「父さん個人を狙ったのか、それとも無差別だったのか…。
あの時あの場所には大勢の客人がいたから、
誰の犯行かを特定するのはなかなか難しいようだ…。」
パーティー会場には何百人という客人がいたのだから、
レイが言うように父を殺した犯人をすぐに捕まえることは容易ではない。
そのことが、怒りと憎しみを増幅させていく。
人の命を奪っておいて、何食わぬ顔をして過ごしているのかと思うと、
父を殺した人物への憎悪でいっぱいになる。
「…許せないわ。
父さまの命を奪った人を…、許せるわけない…。」
誰かを憎むこと程愚かなことはないが、
大切な家族を奪われて、憎しみを抑えることなどできるはずがない。
額を覆っていた手の甲を大粒の涙が濡らした。
レイはその手を優しく包むように布団の中にしまわせて、
優しい声音で話す。
「アリサ。体に負担がかかるといけないから、もう休め…。」
「でも…っ」
「いいから…。早く寝るんだ。」
レイの声に従うようにアリサは静かに目を閉じて視界を遮ったが、
父を失った深い悲しみから逃れることはできなかった。
レイは上着を脱ぎ捨てて、
ネクタイを緩めると自室のソファーに腰を下ろした。
「“許さない”か…。」
レイは、目を閉じて一人嘲笑する。
当然だろう。
最愛の父親がわけもわからずに、突然殺されてしまったのだ。
その殺した相手に対して、憎しみや恨みが生まれないわけがない。
父親を殺した相手が誰であっても、きっと許しはしないだろう。
「それでいいんだ…。」
愛してくれなくていい。
ただ、憎んでくれればそれでいい…。
「愛せないのならいっそ、憎め…。」
他の何も目に入らないぐらい、考えられないぐらいに、
深く深く、狂うように憎んでくれればいい。
それは、愛情に似たものだから。
愛も憎しみも根底にあるのは揺るぎない強い感情。
どちらもそう思う相手しか見えなくなる…。
愛しい人の心の中から自分が消えてしまうぐらいなら、
与えられるものが例え憎悪でもかまわない。
自分に向けられる感情なら、憎しみでも喜んで受け入れよう。
「俺のことだけを想えばいい…。」
そうすれば、この乾ききった心は満たされるのだから…。
全てはこの想いを成就させるため。
そのためならば…。
「どんなことでもしてやる。」
明かりも付いていない暗い部屋で、瞳だけが鈍く光る。