第16話
応接室でアリサが一人お茶を飲んでいると、ガチャリとドアが開き、
レイがやって来た。
「兄さま…。」
突然の兄の登場に、アリサは体を硬直させる。
この前の食事会の夜のことは、レイの冗談だとわかっているのに、
顔を見るとどうしても意識してしまう。
でも、それぐらいアリサにとっては恥ずかしい出来事だったのだ。
今もなおたどたどしいアリサとは違って、レイは何事もなかったかのように、
平然としてる。
それを見ると自分一人があたふたしているのが、格好悪い。
「ティータイムの時間か…。俺のも用意してくれ。」
後ろに控えていたメイドは、レイの分のお茶を用意すると、
すぐに部屋を出て行った。
気まずい…。
二人っきりになってしまった。
レイが意識していない分、余計アリサは意識してしまう。
沈黙が続くと空気が重くなるような気がして、レイに話しかける。
「…今日は、これから出掛ける予定はあるんですか?」
「ああ。夕方から父さんと母さんと一緒に、
名家の貴族が集まるパーティーに出席することになっているんだ。」
「3人ご一緒なんて珍しいですね。」
「まぁ、たまにはそういう時もある。」
レイはカップを持ち上げて、優雅にお茶を飲む。
あまり仲の良くない両親と一緒に、
パーティーに参加するのは好きではないと言っていたが、
他の貴族に、跡取りとして顔を見せておく必要があるのだろう。
貴族って本当に大変なんだなと、他人事のようにアリサは思った。
「母さんは?今日はどこにも出かけてないんだろう?」
そういえば、といった感じでレイは母がこの場に居ないことに気付いた。
ティータイムを欠かさない母がこの場に居ないのが気になったようだ。
「母さまはさっきまで一緒でした。」
「ずいぶん早く切り上げたんだな。」
のんびりとお茶を楽しむ母は、1時間ぐらいは過ごすが、
今日はかなり早くティータイムを終えた。
「母さまと一緒にお茶をしていたら、母さま宛てに小包が届いて、
それから慌てるように部屋に戻ったんです。
母さまはお友達からのプレゼントだって言ってたんですけど、
なんだか変な贈り物でしたね…。」
「変?プレゼントに変とかあるのか?」
「なんと言いますか…包装紙も無地で質素でしたし、
何より送り主の方の名前が書かれてなかったんです。」
包みの表には送り主の名前が書かれていなかったのに、
なぜ母は友達からの贈り物だとわかったのだろうか…?
同封されていた手紙に書かれていれば納得できるが、
それなら母が読み始めたときに声に出して言ってもよさそうなものだ。
小さな瓶一つだけを送ってくるのも変な感じだった…。
送られてきた物といい、母のその時の表情といいアリサには不思議に思えた。
「送り主の名前がないか…。うっかり忘れていたんじゃないのか?
俺も手紙を書くときによく忘れそうになるからな。
その人が書くのを忘れたんだろ。母さんが言うように、ただのプレゼントだよ。」
「私の気にし過ぎですね。」
誰かに宛てて手紙を書いたことがないので、そういううっかりした経験がない。
手紙を書く人にしてみたら、よくあることのようだ。
しかし、どうしてこんなに母宛てのあの小包が気になるのだろうか…?
母も兄もただのプレゼントだと言っているのだから、
それでいいはずなのに…。
何かが引っかかる気がする……。
言いようのない、不安にも似た思いが………。
夕方になり、家族は皆パーティーへと出かけて行った。
残されたアリサは、一人寂しく夕食を摂り、
食事を終えると早々に部屋へと戻った。
もともと静かな家だが、家族が誰も居ないと思うと、余計静けさが増すようだ。
それに、仕方のないことだが、やはり残されると寂しくもある。
この家に閉じ込められてしまったようで…発作とは違って、
たまに息苦しさを感じる。
この家から出られない自分よりも、
空を飛ぶ鳥や花の上を舞う蝶の方が行きたい所に行けられるだけ、自由だ…。
外を知らない自分は、行きたいところがどこなのかもわからない……。
「…本でも読もう。」
一人で居ると、ついついマイナス思考になりがちなので、
気を紛らわせるために読書をすることにする。
眠たくなるような小さな文字に集中すれば、
他の考えは取りあえず忘れられるので、なかなか活用的である。
アリサが、1時間ほど読書をしていたときだった。
「アリサさまっ!!」
ドアのノックもしないまま、メイドのノーラが飛び入ってきた。
「わぁっ!…びっくりするじゃない。」
「至急お伝えしたいことがございます…!」
走ってきたのか、ノーラは肩で息をしている。
屋敷の中は絶対に走らないメイドがここまで必死に伝えたいことなのだから、
急を要することなのだろう。
ノーラの真剣な表情からも読み取れる。
「急ぎの用事なのね?それで、どうしたというの??」
「…落ち着いて聞いてくださいませ。」
「…ねぇ、本当にどうしたの?」
急の要件だというのに、言いにくそうだ。
大丈夫だから教えて欲しいと伝えると、
ノーラはアリサの足元に跪いて、下から見上げる。
「…先程、旦那さまがお亡くなりになりました。」
寝耳に水…まさしく突然で、予期もしていない知らせだった………。