第11話
いっそ憎みたくなるぐらい…残酷だ……。
無邪気に笑って、他の奴の事を話すなど…。
その話題に触れられるたび、一体どんな気持ちになるかなんて、
考えてもないだろう?
せつなさと、苦しさで一杯になって…、息もできないぐらい胸が痛くなる。
心の中ではいつも泣いているんだ…。
“愛していると”叫んでいるんだ…。
でも、どうにもならないと嘆いているばかりではない。
このまま大人しくなどしていられるものか…。
報われない恋なら、初めからしたりしない。
この想いを貫き通すためなら…。
何だってしてやる……………。
アリサと母もレイの婚約者を玄関まで迎えに行く。
玄関を抜けたエントランスで、女性の声が聞こえた。
「まぁ、レイさま!お出迎え下さって嬉しいですわ。」
非常に高い声をしているようで、家中によく響き渡る。
どうやら、あの女性が婚約者のようだ。
母と一緒に、近くまでいくと一段と高い声で話し出した。
「こんばんは、奥様。お招きいただいて光栄です!」
「…今日は気兼ねなく、ゆっくりしていって下さいね。」
さすがの母も、なんだか彼女に押され気味のようだ。
二人で挨拶をし合っていると、気付いたように彼女がアリサを見る。
「…あなたがレイさまの妹君?」
「はい。アリサと申します。お初にお目に掛ります。」
アリサはたどたどしくも、スカートの端をつまんで会釈をする。
なぜか、彼女の方から強烈な視線を感じて、顔を上げると、
母に対する親しげな態度とは打って変わって、アリサを睨んでいた。
“え…?”
憎悪が込められているようにも感じて、アリサは恐くなった。
母とレイに視線を送るが、二人とも何でもない顔をしている。
どうやら、レイと母からは死角になっているようで、
彼女のその表情はアリサ側からしか見えないようだ。
“私…もしかして、すごく睨まれてる……?”
今日が初対面の彼女に睨まれる理由などないはずだ…。
それとも自分が気付かないだけで、早速、粗相でもしてしまったのだろか?
数秒程の間、アリサを睨むと、急に微笑んできた。
「はじめまして、アリサさま。私のことはライザと呼んでください。」
ライザもアリサ同様に、ドレスの裾をつまんで会釈する。
「私、レイさまの妹君にずっとお会いしたかったんですの。
これから仲良くしてくださいね、アリサさま!」
「…はい。こちらこそ……。」
がらりと表情を変えたライザに手を握られ、アリサもなんとか微笑み返す。
「こんなとこで立っていないで、ダイニングルームに行きませんか?」
レイはそう言うと、ダイニングルームの方へと歩き出す。
その後をライザは急いで追いかける。
「レイさま、待ってください!」
彼女の言葉には一切振り返らず、すたすたとレイは歩き、
またその後をライザは必至で付いて行った。
「アリサ…いつもあんな感じなのよ……。」
アリサにも聞こえる程の大きなため息を隣で母が付いた。
ため息を付きたくなる母の気持ちもわかる。
アリサから見ても、完全に彼女の一方的な片思いにしか見えなかった。
「兄さまは、ライザさまのこと好きではないのかしら…?」
「そう思うでしょう?
だから私もなぜ、レイが彼女を選んだのかわからないのよ…。
あれが、レイの愛情表現だと言うのならそうなのかもしれないけど…。」
「それよ!母さま!!
兄さまは、人前でべたべたするのが嫌なんじゃないかしら?」
「そうね…照れ隠しかもしれないわね…。
もう、そういう事にしておくわ……。」
母は自分に言い聞かせるように、納得した。
…というよりも、アリサは適当な理由を付けて母に納得させた。
これ以上、母と兄の関係を悪くさせたくなかったから…。
母がレイを疑えば、レイも反発するかもしれない。
そうなると、ますます家族の溝が深まってしまう。
大切な家族の距離が今よりも遠くなるのは、避けたい…。
母にはああ言ったが、やっぱりアリサも、本当はレイが婚約者のライザを、
好ましく思っていないのではないかと感じた。
これから結婚しようかという相手に対して、冷た過ぎる。
最初は照れ隠しかとも思ったが、明らかに…。
レイの目には彼女は映っていなかった……。