14 長老
長老
座敷に通されて待たされること十数分、ようやく人があらわれた。
このように緊急性のない場合、主家の者は待たせるのが普通だ。
待たせることによって、家の格式を認識させるためだ。
「よう、竜輝君。久しぶりだな」
現れたのは、この家の次男の悟であった。
「悟さん、おひさしぶりです。今日は父の代理でまいりました」
「おやおや、堅苦しいね。そちらの方は護衛なのかな」
「いえ、師匠です」
「ほう、魔法が使えるようになったのかい」
「はい、どうにか一人前にはなりました」
「そうか、それはよかった。心配してたんだ」
「どういうことです」
「最悪の場合、君の兄さんになって水の家を次ごうかと真剣に考えていたんだ」
「悟さんは姉さまと結婚してもいいのですか」
「勿論、俺なんかこの家にいてもあまり意味がないからな。兄貴はすでに結婚して
子供もいるから、さっき家の前で遊んでいたけど会わなかったかい」
「会いましたよ」
「そうか、かわいそうな子でね。足に悪性の腫瘍ができて満足に歩けるのは今だけ
だそうだ」
「悪性の腫瘍ですか?」
竜輝はその言葉で先ほど直した女の子と判る。
「将来は車椅子になるとおもうから仲良くしてやってくれないか」
「いいのですか、そんなことを私にいっても」
「まあ、女の子だからね子供さえ出来るなら政略結婚の道具としてしか見ないよ!
親父たちは」
「厳しいこといいますね」
「宗家の女の子として産まれたのだから、もうあきらめてるよ。でも走ることも出
来ないのはかわいそうだと思うよ。竜輝は優しいからあの子も幸せになるかもし
れないからね」
「あんなかわいい子が僕の奥さんになってくれるのですか」
竜輝の言葉で茜と竜輝がすでに面識があることを知った悟だ。
「おや、惚れたのかな? すみにおけないね。ところで親父はまだ仕事の手が離せ
なくてね。もうすこし待ってもらえるかい」
済まなさそうに言うが、実情は承知だ。
「それはかまわないけど、師匠が手紙を渡してほしいとのこと」
「渡すだけなら俺がもっていってやるよ」
「それじゃ頼みます」
そういって竜輝が持つ手紙を渡した。
「宗家ではなく先代ですのでよろしく」
「え、これが目的じゃなかったの?親父様なのか!格式がうるさいからなー、
すんなり受け取るのか保障しないよ」
「かまいません、先日の無理な要求のお礼ですから」
「先日の無理な要求というのは例の屋敷に近づくなというのか?」
「はい、もう用事が済んだのでこうして挨拶にきたのです」
「そうか、それはよかった。いったい何がおきたのだい」
「それは私の口からはいえません。恥になるかもしれませんので」
まさか、離れが壊れたとは教えられない。
魔力の管理がうまくいっていないことの証明だからだ。
「ふむ、そういわれるとますます知りたくなるが、まあ後日聞くとしよう。では」
そう言って立ち去っていった。
それから五分ほどしたとき、突然周りが騒がしくなってきた。
いままで散々放置されていたのに、酒とお菓子が用意される。
今度は落ち着く暇もなしに、二人は上座敷のほうに案内された。
そして、あろうことか上座に座らされたのだ。
入ってきた当主は男に対して平伏で迎えた。
先ほどとは雲泥の差だ。
どうやら正体が知らされたようだ。
「魔王さまにご来場いただき光栄です」
いきなりの挨拶に魔王とばれてしまった。
竜輝の方がびっくりしていた。
「師匠って、魔王だったの」
「魔王っていわれても、あの悪玉の魔王じゃない、魔法使いの王という意味だ」
「でもすごいことだよね」
子供なので、その辺に実感が無い。
まして、今まで師匠と弟子ということでやってきたのだ。
いまさら、正体を知っても変わらない。
「昔、この村がまだ小さかった頃、鉄砲水で流されそうになったとき水を操って助
けたことがあっただけだ。いまのお前にも出来る簡単なことさ」
「川の流れを変えることが簡単というの?」
竜輝が最初にやっていたのは村の伝説の再現だった。
まさか、それを行った本人が目の前の師匠だと知らなかっただけだ。
「ようはやり方の問題さ」
「でもすごい」
そういった雑談をしていると長老が来た。
役者がそろったところで長老が本格的な挨拶を始める。
「魔王様、本日は顔を出していただきありがたいことで感謝します・・・・・」
えんえんと口上をいうので
「たいした問題じゃない。今日来たのは悟としおりの縁談の話だが、受けてくれる
のかな?」
「それに関しては当人が納得さえしてもらえばいいという問題ではなくしおり様の
寿命の問題ですので」
「親父、それはどういう意味だ」
と、悟が声を荒げる。
「悟、お前には知らせなかったが、しおりさんの寿命はもうつきかけてる」
「親父、本当のことなのか。境!おまえが見たのか」
部屋の端にいた侍医が頭をさげて答えた。
「悟様、なんとかしたいと思いますが、こればかりは私の力ではどうしようもなく、
後二ヶ月以内というところです。」
「そんな、ばかな」
絶望にうちひしがれていくところである。
「おいおい、勝手に殺すなよ。しおりのお腹には悟お前の子が成長してるのだぞ、
そこの医者の言うことは真実だったが、その後事情が変わったのだ」
「え、俺の子供? でもおれはあの時一回抱いただけだ」
「子供は一回でもやればできるものだ。おそらく彼女としては今生の思い出にした
かったのだろうけど、運命は皮肉だな」
「本当なのか、それで彼女は助かるのか?」
「もちろんだ。ここにいる竜輝が助けた」
一同は竜輝のほうをみる。
「おそれながら、私の見立てではもう助からないのは確実でした。それを助けたと
言われても信じられません」
侍医のほうも自分の信頼を賭けているので引き下がらない。
「まあ、本人を見てもらうのが一番なのだからそれは後日でもいいだろう。それよ
り、もし直っているのなら婚儀は進めてもらえるのかな」
「はい、私自身、悟としおり嬢の結婚は反対していませんが、出来れば条件に竜輝
様を入れてもらいたい」
「どういう意味だ、」
「うちの茜を嫁にしていただくということです」
「本人の了解はとってあるのか」
「いえ、これは家のつながりなので茜は反対しません」
「竜輝、どうする。予想通りの展開なのだが?」
「なぜこうなるのですか?」
竜輝はあらかじめ聞かされている内容が進行していくことに疑問があるようだ。
「決まってるだろう。この者たちは俺とのつながりがほしいのだ」
一同、本音を言い当てられてうろたえるのが目に見える。