固有魔法は、相手を知ると殺す魔法
科学と未発達な魔法学、どちらでも無双する異世界SFファンタジーです。
科学という名の魔法 ぜひ楽しんでいってください。
「もう一度やります……!」
恐怖で言葉が詰まらないよう、コランは悲鳴をあげるように言葉を発して金貨を商人に差し出した。
もう何か月も湯あみしていない、散り散りに膨らんでいる腰まで伸びた赤髪。泥に汚れてほつれたキャミソールワンピース。首から吊るされたネックレスは、赤い破片を無理に金属で固めたようなみすぼらしいものだった。
その見てくれは誰が見ても孤児そのものである。もしくは、良くて貧困街の民。
そんな少女が金貨3枚という大金を、くじ博打に捧げる異様。
異様を作り出していたのは、後ろにつく白髪の青年と黒髪の少女のせいだった。
齢12歳のコランから見て年上なのは間違いないが、まだまだ大人手前という落ち着きのなさを感じる。
何よりも、まだ灰汁の抜けずゲスな笑みを浮かべる青年が、大人なはずないと心が訴えていた。
くじ博打は、参加料金貨3枚で10回に1回外れるくじを引き続け、当たれば金貨を1枚、外れれば没収というもの。
大きな商会が開催しているもので、イカサマのような悪い話も聞かないが、博打である以上は胴元が稼ぐようにできていると聞く。
コランは5回目ではずれの銀貨が出て、4回目で降りていれば……という思考がよぎる。
左手のそばにある麻袋を上から潰して中にまだ金貨があることを確認すると、
「もう一回やります……!」
と言って、後ろの青年が渡された……強引に貸し付けられた300枚の金貨から参加料を出す。
借金も、くじ博打も、コランは初めてだった。
なぜなら、そんな愚かな人がやる低俗な人間になりたくなかったから。
もう、涙目であったと思う。
塩味のきれいな水の味がほのかにしたことを覚えていたから。
まともな食事をとっていなかったから、正直おいしかった。
きっと博打がうまくいっても利益は奪われ、失敗すれば借金の代わりと売りに出されるのだ。
孤児にしてはやせていない、やや豊かな体を持つコランはきっと高値になるだろう。
ここまで堕ちるとはなんて不幸なんだろう。
金貨を受け取った商人は、嫌な顔はしながらも決して断らずにくじ箱を差し出してくる。
くじ箱を振って、隅の穴から金貨が出てくる。それを戻してもう一度、それを戻してもう一度。
金貨が出てくるたびに、商人は影から取り出した金貨を台の上に並べていってくれた。
そして、9枚目が並んだところで、
「お、お、おります!」
不意にもくじ箱から貨幣が出てこないよう、丁寧に商人へ返し、台の上の9枚の金貨を右手のそばにある、金貨の山へ流し込む。
それを何度も繰り返すこと、実に100回目。
最後は外れだったが、それも仕方がない。
後ろの青年の命令は、どんなに運が良くても悪くても9回引いて降りる、それ以外はするなという命令だった。
山になった金貨は計378枚。
商人の警護が威嚇しても、周囲の野次が前へ前へと押し詰めてくるほどだった。
「なんとか助かった……」
そこに青年が近づいてきて、300枚きっちりと麻袋に戻し、78枚を残りしたところで振り返りざまに言う。
「コランくん、聞きたいこともあるだろ。ここだと話しにくい。まずは両替商に金貨を返しに行ってから、ふんだんと疑問に答えるよ」
青年の背を追おうと、残った78枚をかき集めるも、ほぼ下着姿のコランは大金を落とすことなく持ちきれない。
そう困っていたところ、
「まったく、気遣いができなくてこまっちゃいますよねー」
白髪の青年についていた黒髪の少女が健やかな笑みを向けて、新しい麻袋を台の下に広げてくれた。
さっきまで中に入ってた、身銭の硬貨をポケットに移していたところから、財布として使っていたものだろう。
「ありがとうございます、こんな私に……」
コランは青年に向けた怨念と同じだけ幸せを送る気持ちで少女へと笑顔を向け、慌ててその金貨を抱え、二人で青年の背中を追いかけた。
青年、トキタがくじ博打のすぐ近くにあった両替商から出てくる。
何でも、大商人の名前を使って借金をしたのだという。かといっても、大商人の使いや身内でもないとか。
コランはくじ博打の間のことを思い出していた。
回数を重ねるごとに、山が積もっていく。まれに赤字をたたき出しながらも、着実に黒字を積み重ねていく。
コランは魔法なんて使っていないというのに、いや青年や少女も使っていないはずである。
商人が行う賭け事は、おおよそ魔法検知がされている。
だからこそ、気になって仕方がなかった。その魔法の仕掛けが。
「どうして、はむはむ、でしょう、はむ、か。はむはむ、トキタ様、はむ」
コランはその場しのぎでない、久々に腹を膨らませる食事に食らいつきながらも、目を輝かせてトキタに食らいつくよう迫っていた。
3人は人通りの少ない教会裏の路地で、階段に腰をかけていた。
黒髪の少女の膝上に、金貨1枚で買ったかご一杯の柔らかいパンがのっていた。
「いい目だね、僕の好きな、ただ知りたいだけの目だ。君を主にしようと思って正解だったよ」
きょとんとするコランを剥がして、トキタは立ちすがらに適当な石を拾って階段横の壁につく。
「まず、今回のくじは儲けられるようにできていたんだよ。だってあのくじ、俺が作ったものだから」
「お、俺が作った……? でも、あのくじ博打は長い間、少しだけ商人が儲かるようになってるって聞きました。知り合い同士でやっても同じ結果だから、商人のイカサマではないと、聞いています」
「そう、あれは4か5回で降りれば赤字になるようにできてる。みんな怖くてそれくらいで降りたいだろう?」
「どういう、ことですか? 4回か5回なら、金貨1枚、2枚はもらえますよね? 黒字になります」
「ふむ、コランくん、君は算術ができる? 掛け算や累乗の計算とか」
コランは胸にある不格好なペンダントを握りしめ、口をどう動かそうと目が泳いでいた。
「大丈夫だよ、君がこの土地、バーラル子爵の娘だったということも知ってる。孤児なのに教養があるという矛盾は気にしなくていい」
「そ、それなら……、算術は得意です」
「そうか、なら説明するよ」
そういってトキタは壁に数字……もとい文字式を書いていく。
「まず、このくじを何回ひけばいいか、それを計算していく」
「そ、そんな運命を、計算できるんですか!」
コランは口にパンを入れたまま、一杯に叫んでしまった。
なぜなら、くじには運がかかっている。運を計算するなんて、物の計量・計算の好きなお父様からも聞いたことのない話だった。
トキタは黙ってみてろと言わんばかりに、人差し指をコランの唇に重ねた。
「10このくじから9つある当たりを引けば金貨1枚、つまり、1回で0.9金貨手に入るということだ」
トキタは9/10 × 金貨1枚 = 0.9枚 と書き、下線を引く。
「待って!」 と身を乗り出したコランは、ただひたすらにチマチマとパンをついばむ黒髪の少女、ヒバナの冷静な目線を受けて落ち着き、口にあるパンを一度飲み込む。
「待ってください。金貨は重さや量ではないんです、人の命と同じ、0.9枚というのは、変ではないでしょうか。中に含まれている金の量ならともかく、今は枚の話ですよね?」
「ふむ、きちんとわからないことをわからないと言えるのは、聡明な証だね。では、10回やって9回あたり、1回はずしたとしよう。成果は金貨9枚。10回のうち1回分で稼いだ金貨は何枚といえる?」
「それは、9を10でわるから、えーっと、0.9といえますが、枚と呼んでいいんでしょうか?」
「うん、いいよ。僕が許す」
これまでの理路整然とした話から、へ? という間抜けな声がこぼれてしまった。
「これは慣れればわかる。進めるよ。2回目を引く、1回目で10パターンあるわけだから、2回目で10パターン、計100パターンだね」
トキタは、1回目に続いて2回目の〇×枝分かれ図を書く。2回目はさすがに書ききれず省略されていた。
枝分かれ図を初めて見たコランだったが、すぐにそれが表すところを理解した。
「あたりは9つ、2回目も9つだから、100回の全体から81回が2回あたりになる。つまり、2回目の当たりは1回目の当たりの確立を2乗すると計算できる」
確率という言葉も初めて聞いたが、
「2回目は、0.81 × 金貨2枚で、 1.62枚ってこと、ですかね」
コランの頭の中では、浮かぶ絵と壁に書かれた数が対応して動いていた。
コランの言葉にトキタは心からの笑みを浮かべる。
「そう。なら、n回なら……あ、nってのは僕の故郷の言葉の頭文字だから、特別な意味はなくてね、nに好きな数字をいれて回数を決められるよ見たいな感じで……」
とうわの空で考えるトキタから、コランは手に持っていたパンを口に放り込み、空いた手でトキタから石を奪っていた。
そこに、 n × 0.9のn乗と現地語で書く。 nという文字は書きなれていなくて、不格好になってしまったが。
にやりと笑ったトキタが、現地語で書かれたn乗の文字を消し、0.9の右上に小さくnと書いたのは、きっとこれがn乗ということを示すのだろうと悟った。
これまでの苦労、疑念、そのすべてを忘れていた。
「素晴らしい。あのくじは最初に参加料で3金貨とられるから、ここに引く3を入れれば、何回引いていくら儲かるかわかる運命の式が出来上がる」
n × 0.9 -3
そこに描かれた式の美しさは何とも、と思ったところで、疑問が上がる。
「で、このnに1~15くらいを入れていくと、こんな感じのカーブになって……」
トキタがnに数字を入れて、すさまじい計算力で算術を終わらせ、縦に答え、横にnを並べたグラフに図示していく。
確かに、言われた9回が最も高い場所になっている。
1回目が0.9枚で2回目は1.62枚、一見すると引けば引くほど枚数が減っていくように感じるけど、実際は9回も引くのが最も稼げるのだ。
あの当たりくじは王国全体に広がっているというのだから、この真実にたどり着いたのはここにいる3人と、商人の一部くらいだろうか。
「多くの人は利益が出た4-5回でやめたくなるが、そこはこの数式ではマイナ……」
「待って、実際には10回やって5回、10回はずれがでることだってあって、経験則だけど、実際にあった。やっぱり、運命は計算できない、これは見ためだけあってそうにみえる、詐欺師の数式よ」
「それの計算もこれからやろう。100回も繰り返したのには、運命を計算に近づけるため、なんだよ。僕たちが黒字になる確率は82パーセント、あ、パーセントってのは100回に82回はうまくいくって意味ね」
「そ、そんな、どうやって! 教えて!」
コランはその赤い瞳をトキタの瞳に重ねるように近づけた。まるで、その中身を見透かそうと、全て知ろうと。
「ははは、大数の法則が支配する、現実の数学。統計学にようこそ。ここから先は基礎と実物が必要だから、止めてと言われても止まらない。わからなくても、その過程と結果を頭に入れるんだ」
まるで踊るように空を仰いだトキタは、道化になったように笑顔で説明と板書を連射していく。
二項分布の公式……これだけはわからなかったけど、計算自体はシンプルだった。
二項分布というもので、何回も行った中で9回連続当たりを何回引ければ黒字か、というもの何度もして計算している、という雰囲気。
質問ができていないから、正確には違うのかもしれないけれど。
ただの路地裏の壁に描かれた、目の前に広がる『海』。
ここに、たった数刻の間分だけど、動く世界を数式で表してしまった。
ただ、数や重さを表すだけだった数字が、まるで動くように、この世の全てを示せそうな気が――。
「未来のラプラスの悪魔くん。このままだと僕たちは眠る暇も惜しんで話してしまう。だから、これからの話を先にする」
「ラプラスの……悪魔……。算術をやりすぎると、悪魔になってしまうなら、いえ、悪魔に売ってでも……」
「だから、数学の話は一旦終わり。コランくんにはもう1つの疑問があるでしょ。どうして300金貨も無利子で貸して、利益をすべてあげたか」
確かに、とコランはその階段のヒバナの足元に置かれた大金袋を見る。
さっきの話では、2割は負けるリスクもあったわけだし。
「僕とヒバナは、このバーラル領をバーラル・コランくんが取り戻すのを手伝う。そして、僕たちを正式な後見人にしてほしい」
「その話、喉から手が出るほど、嬉しいです。お二人ならできるかもしれません。ですが、もしあなたも私の父の結果が目当てなら、私は死んでも……」
父を愚弄するのであれば、この無様な人生のままでも終わらせて、守らなければならない。
ペンダントを強く握る手から、血がにじんだ。
誰にも、父が人生を捧げて作った美しい『式』を汚したくはなかった。
「それはもちろん。僕たちが目を付けたのは、君のお父様の研究だ」
その言葉に、コランは胸をしめつけられた。
父を暗殺した叔父でさえ、ルビーは領地内に鉱脈が見つかったと思われてのことだった。
それが、この聡明なトキタには、人工的に作ったことまでおそらく見透かされていたのだ。
そして、その製法を奪うために、優しくしているのだと。
恐怖を覚えながらも、コランは自死を覚悟し始めていた。
「でも、今の僕が最も欲しいのは、君だよ。コランくんと、君が研究をできる環境」
つい先ほど、コランがトキタの目を見通すように迫ったあの時のように、トキタがコランの眼前に顔を寄せていた。
心の奥、ずっと奥に燻っていた心の火が少し揺らいだのを、まるで覗かれているようだった。
「コラン、が、欲しい、の?」
「ソウ。本当はね、安全に研究ができる環境があれば後ろ盾? 前盾? は誰でもよかった。けど、僕たちは見つけてしまったからね。その石、人工的なものでしょう。それも、この土地を不毛と呼ばせる赤死鉄という石から作っている。アルミだね! この科学がおよそない世界で、ルビーを生成するのは、そう容易いことではない。一代ではできないだろう」
コランは手を開き、そのペンダントに埋め込まれた赤い宝石を見る。
そう、この石は我が家の数年間による、まさに血と汗の結晶なのだ。
「科学は、人に役立ててやっと花が咲く。その花を、僕たちに見せてくれ、いや、見せる手伝いをさせてほしい」
そして、ずっと無口だったヒバナがコランの近くまで寄ってきて、血のにじんだ手のひらを優しく包んでくれた。
「この不束者は敬語すら使えませんが、どう? 私たちの手をとってくれませんか。コランお嬢様」
まるで鈴のように、リンとした美しい声と笑顔をコランに向ける。
その手のぬくもりで、コランは目にじんと涙が浮かんでくるのを感じた。
もう、心の奥で燃える炎が、押さえつけられない。
知りたい、この2人の手をとって、全てを知りたい。
この世の全てを解き明かしたい!
花を咲かせたい!
「ではーー。この、話が盛り上がると敬語さえ使えない、不束者の元子爵、バーラル・コランがあなたたちを後見人と認めます。既におのずから子爵の家を出た身、身分はないもの同然ですが、捨てた覚えはありません。もっとたくさん算術の話も聞きたいし、何が何でも取り戻します!」
コランは左手でヒバナの手を強く握り、ただまっすぐと、バーラル領の家を指さすのだった。
★★★
「あ、トキタ。もう魔法きれちゃいそうだよ」
とヒバナは腰に吊るしていた分厚い革本を開き、パラパラとめくってけろりと答えた。
ちらりと見えた中身は……ほとんど白紙に見えた。
全てのページをめくり終えたところで、本がヒバナの手から道端に放たれた。
すると不思議なことに本の表紙にあった文字が消え、その存在さえも、光る粒子となって、ほどけるように消えていく。
まばゆい炎の光とは違い、淡く透けるような光……噂に聞く魔法の光というものに似ているとコランは思った。
「あれ、なんでこんなところに……」
白髪の青年、トキタがきょとんとした目で周囲を見渡す。
頭頂部をかりかりとかきながら、ふわり流れるように路地へと歩き出してしまった。
「あ、あれ? トキタ様……?」
その肩をつかもうとしたコランの足元で、「にゃーん」という声がコランを押し返す。
「あー、トキタ。近くにいたんだ」
ヒバナが足元にいた黒猫に言葉をかけてよりつく。
あごをなでられた黒猫は嬉しそうににゃんしか言わない。
猫は気まぐれの困らせ者だからトキタと名付けて飼いならしているのだろうか。
「あ、あの」
「あー、びっくりしちゃいますよね。ざっくばらんに言えば、このトキタの体を取り戻すために、私たちは行動しているんです」
「それで、トキタ様は、しゃべれるんですか?」
「もちろん、しゃべれないんですよねー」
「え、じゃあどうやって領地を…っ!」
「それなら無問題です。頭がいいのはコイツだけじゃないんですよ」
ヒバナは黒猫のほほに指をぐりぐりと押し付けて無邪気な笑顔を向ける。
花火、というらしい虹色の花の模様をした、紺色のゆるやかな上着をはおっている。背中に描かれた「祭」は異国の文字という。
内側には何も着ておらず、胸にさらしを巻いている。
履物はたった一枚の歯でできた金属製のゲタ。
コランを助けたときに魔物を蹴散らしたその姿から、トキタの用心棒と思っていた。
「ここからはワタシの番です! コランちゃんは孤児だから1日くらい、野宿でも大丈夫ですよねー」
これまで無口だったヒバナが、トキタの猫化を皮切りにおしゃべりになったことにも驚いたが、
「ヒバナ様が、そんなにデリカシーのない方だったとは……。ここは、私がしっかりしないと」
一番悲しいのはヒバナがしゃべればしゃべるほどトキタに似てきているような気がしたことだった。
「あいた」と小さくつぶやいたのは上から小石が降ってきたからだった。
見上げると、教会の窓からシスターが憤怒の顔を向け石を振りかざしている。
「また落書きですか! 神への冒涜、心の貧困! 博打に溺れ、酒に世にに溺れますよ!」
さっきのくじ博打の見物人がねたんでいるのか、それともただ落書きに怒っているだけなのか、次々に石を投げてくるので、「いきますよ」とヒバナが手を引いてくれる。
数式が一杯書かれた、小さな世界が遠のいていくのを惜しみながら駆けていく。
「そういえばあの算術の書は消さなくていいんですか? くじ博打が崩壊しちゃうんじゃ……」
「大丈夫です。商人にくじを売ったとき、足元を見られないようけん制でいつか抜け道を世界に広めますって言ったんだよね。約束守って恨まれることはないでしょ」
その言葉に、ますますヒバナについていっていいのか不安になったコランだった。
そうそう庶民にあの数式が見破られることはないだろうが。
ヒバナに連れられたのは、町の外にある草原帯だった。
日は傾き、草原一帯をオレンジに染めている。
バーラル領は、領地のうち少ない農耕可能な場所に町を構えている。
今来ているのは、川から離れ、安定して農耕のできない境界地域。町の堀からもはずれだった。
草原は、魔物や動物こそいても野盗は少ない。これだけ見晴らしがよければ容易には近づけないからだ。
さらに魔物との戦闘をコランの前で見せたヒバナがいれば、無知無謀とは感じない。
しかし大金を持って野宿とはヒバナには欲がないのだろうかとコランは思った。
「あの、トキタ様といい、どうして先に説明してくれないのでしょうか」
コランはヒバナに声をかける。いまだに草原に来た理由の説明を受けていなかった。
ヒバナは、トキタらしき黒猫とは別に、3匹の猫を勝手に拾ってきて、鶏肉を与えていた。
野良猫にまじって我こそと鶏肉を奪い合うトキタを見て、理性を失っていないのかやや心配になる。
理性が残っていたとしても、恥を覚えないことが心配になる。
「コランさんは、夜光花を知ってます?」
「は、はい。夜に動くものへ反応して光る、花の仲間を総称する名前と本で読みました」
「実物はどうです?」
「それも見たことがあります」
「どこで見ました? 屋敷の周り、とかですかね」
「はい、屋敷から、ウサギが歩いている場所が少し明るくなるところを見たことがあります」
「では、これはどうです?」
水平線に日が落ちる。オレンジ色だった世界が、うす暗い水色で包まれる。
すると、ふわり、周囲に光が灯った。
日が落ちて、一段暗くなるたびに、周囲が一段明るくなる。
コランとヒバナはほとんど動いていない、にも関わらず、周囲は明々と輝く花に満ちていた。
「人は、心のうちにうごめく臓器を持っています。それが、花を光らせているのでしょうか」
「では、あれはどうですか?」
ヒバナが、4匹の猫に指を向ける。
猫の周りがほのかに輝いている。3匹で鶏肉を奪い合ってじゃれる、つまりコランより活発に動くその光量は、コランとヒバナのそれより明らかに、小さかった。
ただし、黒猫を中心とした光量だけが大きかった。
サイズも、明るさも。
「動き、ではないということでしょうか。よく見れば、風にも反応していません」
コランの心の中にある炎が揺れた。
「お花が、何も食べているかって知ってます?」
「聞いたところでは、水の恵み、土の恵みと太陽の恵み、3つが必要と聞いています」
「いいですね。んで、ずばっというと太陽の恵みって実際には光なんです」
「でも、ランタンの灯や月の明かりでは、代用できませんでした。部屋のお花を、枯らしてしまいましたから」
「ありゃ、夜光花をそこで育てていれば、話が早かったんですけどね。夜光花を育てていれば、きっと枯らすこともなかったですよ」
その言葉の裏を、コランは馳せる。
太陽の恵みは光の恵み。そして、夜光花は自ら光る。
つまり、
「夜光花は魔法で、光の恵みを自給自足している」
「そう、仮定しちゃってます。他にいい仮定もないんで」
「ヒバナ様は、トキタ様と違ってすべてを知っているわけでは、ないんですか?」
「あー、そうですね。私の知識って、数学と違って変化する学問ですから。魔法に侵されたこの世界では、特に」
ヒバナは魔法学、嫌いなのだろうか。
苦い顔をヒバナは浮かべていた。
「んで、次です。同じ猫でも、光の量が違っちゃってます」
「はい、それに、私とヒバナ様でも、サイズは違います。ヒバナ様のサイズが大きすぎて私が隠れてしまっていますよね。私の周りの明かり、中心はヒバナ様にずれています」
「コランちゃんは、数式化だけじゃなくて観察眼も鋭いんですねー。偉い子です」
わしゃわしゃとヒバナに頭をなでられる。
にたっと笑った表情豊かなヒバナが「ご褒美に面白いものを見せてあげますよ」と腰につっていた2冊目の本を、明かりの外に向かって放った。
放たれた本は、光の粒子となって消えるでもなく、ページをめくりながらただ飛ばされる。
その周囲に舞った花びらを染めるように輝かせて、近づけば光り、遠ざかれば暗くなっていく花びら。そして、疲れて休む猫と同じくらいの明かりを草原に落とした。
本は動物と同じく、周囲の夜光花を輝かせていた。
「知、そのものに光ってる、ということですか?」
知、とは何だろうか。知に大小はあるのだろうか。
コランは頭を巡らせる。
知に光っているとすれば、その光量の違いは知の量ということになる。
コランより2人の知性が高いのはわかるが、それは量として測れるのだろうか。
引っかかるのは、0.9枚の金貨。存在しないものも数式には書ける。であれば、数量がないものも、数式にかけるのではないか。
「そう、仮定しちゃってます! もしくは、知の副産物、くらいかもしれませんが。魔法、と呼ばれるもののエネルギー源も、知、のようなものと考えてます」
「仮定、ばっかりですね」
コランは歯がゆい。仮定に仮定をのせていくそれは、不快だった。早く、早く実証したい、確かめたい。揺るぎない数字で、数式で、表してほしい。
「生物学はそういうものですからね。観測全てに、矛盾のない論理を作り上げる、それが疑似科学こと生物学。それはさておき、コランちゃんは本以外にも、夜光花を光らせるものに、心当たりはないです?」
「本以外……。ヒバナ様は、魔法が切れるといったとき、本を使っていました。どう使っていたかはわかりませんが、魔法には本が必要、ということ。でも私の知識は違う。魔法を使うときは、魔石、魔物が頭部に持つその石を使うと、本に書いてあった。魔法は、本の知、を使う。つまり、魔石も、知のつまった何か」
「いいですね、何も言わなくても、勝手に話を進めてます。では、仮説の次は実証しちゃいますよ。本のお代は、あとで返してもいますからねー」
ヒバナは投げた本のもとへ寄った。コランもそれに追随する。
表紙と裏表紙を上に向けていた本をめくる。そこには、虫食いのように文字が消えたページの上、頭に大きな青い魔石のついたネズミが、張り付いていた。
魔物、それは魔石を持った魔法を使う動物のこと。
必ずしも凶暴ではないにしろ、魔物は基本的に人間を好んで襲う。魔法で有無を言わさず殺された事例も多く聞く。
ただ小さなネズミ一匹でさえ、油断はしてはなならい。
が、ヒバナは迅速な手つきでそのネズミの首根っこをつかむと、「ほいっと」と力を込めた。
首を締めあげたわけではない。ネズミの輪郭を淡く白い光が包んだのは、魔法の光だった。
荒れ狂っていたネズミは眠るように落ち着いて、代わりに寝ていた一匹の猫が逃げ出していった。
「魔物、コランちゃんは見たことあります? ってあ、初めて会ったのが魔物でしたねー、失礼」
すると、本の隣の茂みに手を突っ込み、立て続けにネズミの首根っこを摑まえるヒバナ。
可憐な乙女が喜んで野ネズミを両手に持つ姿に、コランは小さなため息をついてしまう。
「ほら、下見てないでネズミ見てください。右手の本にいたネズミと、そこにいたネズミ」
そういってコランの顔の前に持ってきてくれる。せめて、かわいいウサギであってほしかった。
改めて2匹のネズミを見ると、その違いはすぐにわかった。何せ、魔物を魔物たらしめる魔石のサイズが明らかに違ったのだ。
本にいたネズミは、魔石が肥大化しすぎて、肉を圧迫、充血さえさせている。
本の文字が消えて、魔石が膨らんでいたという事象。
「魔石が知、をためる臓器、ということでしょうか」
「聞かれても、私も仮説なんですけどね。ほらっでも仮説に矛盾しない事実がここにある」
ヒバナが投げた2匹の魔物。そのうち、本にいたネズミだけが周囲の花を輝かせた。
茂みにいたネズミはほとんど知を蓄えていないから、意識があっても魔法を放ってこなかったのだ。
だから、その向こうに広がる景色を見てすぐに論理が繋がらないにしても嫌な予感がした。
「バーラルの屋敷が、夜光花で光ってる…私が住んでいた時はあんなに光っていなかったのに……」
「もう1つ、私たちは商人から、ここ最近バーラル領は魔石の売りが増えているそうですよ」
「周辺は豊かではなく、魔物さえ少ない地。魔石を十分に売るのは普通のことではありません」
「魔物は本を食べるって、知られていないんですよね?」
「はい、人を襲うことは良く知られています。そして、この周囲には、さっきのネズミみたいな弱い魔物が多く住んでいます」
愚かで浅知恵の叔父が、そんなことを気付けるのか、できるのか、そこには疑念があった。
でも全てが繋がっていた。周囲の孤児が減っているというギルドの言葉。
「人を餌にして、魔物を養殖している、それが無から石を生み出す地 バーラル領の現状ということですね。人を幸せにすることを、お父様は何よりも目指していたというのに」
もうコランには、ヒバナやトキタの素性や目論見はどうでもよくなっていた。
ただ、あの叔父から領地さえ奪い返せれば。
★★★
コランはただ屋敷近くの宿をとり、観察を繰り返した。
既に打った手が、効果を発揮するその時が来るまで。
1週間と3日が過ぎたころ、白髪の少年がノックもなく宿の扉を開いてきた。
「コランくん、そろそろ決戦の日と行こう。目玉商品も、すぐ近くまで来てる。今夜決行しよう」
「やっとですか!」
「やっとです」とヒバナの鈴音の声が少年の裏から返事をする。
待ち望んだトキタとヒバナの帰りに胸が躍る。
トキタは前回より若い別の少年になっていたが、そんなことかなりどうでもよい。
コランの任務は、不法侵入だった。
「人生初の犯罪が、自宅への不法侵入になるとは……」
夕暮れ時、子供のころに作った生垣の穴を通り、隠し扉を通り、館裏の秘密基地……木造の物置小屋で、しばらく様子を見る。
すると、地面が大きく縦に揺れ、続いて前にオオカミに出会った時を思い出す空気の揺れ――
いや、それよりも大きな揺れが全身を震わせた。
扉を開けると、翼の生えた黒い獅子が我が家の屋根を半壊させて吠えていた。
物置にいる間で日が落ちたのだ、眩しい、日中より明るいのではと感じるほどに庭が光を放っていた。
その舞い散る光る花弁に照らされて、獅子はこの町のどこからでも見えただろう。
今回の作戦はうまくいっているようだ。
金貨で行商の足を全て駆り出し魔石が売れない状況を作り出し、屋敷に魔石が溜まるようにする。
あとは金貨で買った魔石を餌に遠くから強い魔物を連れてくる。
この魔物を打倒し、混乱のさなかに原因を憲兵や市民へと明かして没落させるというのが今回の指針である。
最初は、「経済学だ」とかトキタが言い、魔石を高値で買い取り安値で売れば、大量生産に走った子爵が破産するという計画を打ち出してきた。
それでは犠牲になる子供が増えてしまうからと、コランが代案を出した。
だから、怖気づいてはいられない、責任を果たさないと。
恐怖を、心の炎で打ち消そうとペンダントを強く握った。
「お父様、私に力を」
ペンダントから、淡い赤い魔法の光がこぼれた気がした。
流星のように飛んできた閃光が魔物に当たり、空から瓦の破片が落ちてくる。
とてもよけられないと判断したコランは、頭を手で覆い、正面口へ向かった。
こうなれば当然、館の衛兵が出てくる。
魔物の反対側から正面口へ行き、衛兵と綺麗にすれ違いながら、建物へ入る。
「屋敷を観察したとき、館より庭先の夜光花のほうが光っていた。それは、館じゃなくて地下に魔石をためてるってこと。魔石工場も、近くにあるはず」
地下室の入り口は食糧庫にある。
館の西にある調理室へと足を進めた。
冷気がのぼる地下へ続く階段に目を向けて、しかし、この世界が数式みたいに計算通りでないことを実感させられた。
わずかに空いた扉の隙間から、力なくうなだれた男性が顔を見せた。
ギルドの案件で幸福草を取りに行くとき、いつも顔を合わせた男性だった。
男性が扉を空けたのではない、オオカミの魔物が男性をくわえたまま、コランに気づいたのか扉の外を伺ってきたのだった。
慌てて死角に身を縮めたコランは見つからなかったものの、オオカミは恐る恐る階段を登り近づいてくる。コランは地下室に行きたい、なのに魔物は地下室から上がってくる……なら、衛兵のようにすれ違えば? 帰りは幸運を祈る?
最適かはわからないが、すぐ決めることが、最適であることはわかった。
音を立てないように調理室で身に胡椒を全て振りかける。
これで嗅覚は誤魔化せる、はず。
階段を登りきったオオカミは嗅覚に頼るよう鼻をひくひくと動かして、そのまま部屋をあとにした。
うまくいった、と安堵からペンダントを握ったときに、コランは気づかなかったが淡い光が手からこぼれた。そして、オオカミが餌、人間を地面に落とした。眼光だけをありったけコランに向けてゆっくりと振り返ったのだった。
心をひゅっと冷やされたコランが地下室へと滑り込んで扉に閂をさした途端、オオカミの衝突した衝撃で後ろにはねる。
扉は、まだ耐えていた。すぐに壊れるということまではなさそうだ。
「何か策を考えないと。帰りにはどうせ会う」
ペンダントを胸に、コランは地下室の先へ進む。
周囲に転がる砕けた魔石が、中央をなぞる赤い線を照らしていた。
途中にあった血だまりがさっきの男の最後の場所だったのだろう。
うす暗くて助かったと安堵のため息が出てしまった。
後にわかったことだが、あの男性が叔父に入れ知恵をしていたらしい。
何度か道を曲がった先に閂の通った扉があった。
コランは意を決してその扉を開ける。
地獄があるとわかっていた。
『コランくんがいなければ死んでたんだからさ、1つでも命を救えば君は英雄だよ』
そんなあっけらかんなトキタの言葉にうんうんと頷くヒバナ。
『ちなみに、僕だったら安全にやりたいからね、紐で縛った人間を芋虫とかのろいやつにあげるかな』
悪魔に魂を売りたくはないけれど、売ったトキタの考えは結果として役に立った。
石つくりの牢獄部屋にまるで蜘蛛の巣のように天井から垂らされた子供たち、それを見たことのない巨大な芋虫が、子供を食べていた。
食べていた、というのは比喩といえばいいだろうか。
芋虫に食べられた場所はヒバナが路地裏で捨てた本のように、光の粒子になってほつれ穴が開いていた。
「は、早くみんなを下ろさないと」
コランは手近になった砕けた魔石を全身使って芋虫に刺す。
簡単、とはいかなかったが、体色を様々に移ろわせるその姿から、芋虫の魔法はこの見えなくなる魔法なのだろう。ただ、これだけ大きければ見えなくなったところですぐ探し出せた。
恐らくすべての芋虫を蹴散らしたところで、子供たちに伸ばした手を止める。
混乱した子供が進めるのはオオカミがいる一本道。
「なら、先に倒さないと!」
穴から無限に体液を垂れ流す芋虫、そのあちこちに埋まるうち、頭部についた片手で持てないほど大きな魔石をコランははぎ取る。
「これで魔法を使うって聞いた。つまり!」
牢屋部屋の扉が石柱で吹き飛ばされ、砂煙の中からオオカミが歩み出てくる。
「くらえ! 必殺かくれんぼ!」
その両手に持った石を頭上に高く持ち上げ、頭上に落とす! 透明になる! つもりだったが――
「ぐんぬー!」 と目玉が飛び出るような思いをして、重さで頭が沈む。
その一寸上を石棘が過ぎ去った。
「これが、幸運の魔法……? 透明になるはずだったのに……」
コランは後ろによろけた勢いで魔石を転がしてしまう。
てっきりオオカミは大きな魔石を追いかけてくれるのではないかと思ったが、オオカミはコランをまっすぐ捉えていた。
魔石なんかより、コランの方が多くの知を持っているからコランを優先する、と考えれば嬉しく、なぜだかこんな状況だというのに心の炎が燃え上がり、緊張と恐怖から大きな心拍音が油を注いだのか、心から炎を溢れ出てくるのを感じた。
「楽しくなってきたー!」
その目の矛先がオオカミへと向いていたからこそ、コランは気づかなかったが、その胸に吊るされたペンダントからは魔法の光が溢れていた。
オオカミは、その光をにらみつけていたのである。
「虫は体中に魔石があるけど、獣は頭だけ。そういえば、子供たちも頭ばっかり食べられてる。人に魔石はないって言われてるから、頭は知をためる場所ってこと?」
コランがぶつぶつとつぶやきながら歩き回るその時もオオカミは攻撃を続けていた。
ただし、赤くほのかに輝くコランの目に全て見抜かれて、まるで未来を見通すように避けられていた。
「そういえば、虫って頭に臓器ないよね。あの柔らかい臓器。あるけど小さいのかな……いや、仮説で行くなら、体に散らばっている、だから見にくい」
芋虫の空いた穴をほじくった。足の一本一本に向かって白い線が走っていて、根本が小さく膨らんでいる。これだ、と直感した。
「でもどうして、私には魔法が発動できないんだろう……」
コランは攻撃を避け、オオカミの頭に埋まった魔石に触れるまで近づいていた。オオカミはもはや錯乱に近い状態で攻撃しているが、それでも当たらない。
「ここに、魔法を打てるほどの知が溜まっているはずなのに」と、その魔石をなで、淡く光る瞳を近づける。
「その魔石の後ろにある臓器を見れば、答えがわかるかなー?」
全てを見抜こうとする、隻眼の目が、オオカミの魔石から光を吸い取ったように見えた。
オオカミは目を見開き、苦痛にもがき始めた。頭部の魔石が溶けるように減って、脳が姿を見せ始める。
「あうっ!」
コランは頭部に強い痛みと衝撃を覚え、大きくのけぞった。痛みに手を向けると、温かい液体……血がほほを流れ、その源に固いツノのようなものがあるのを感じた。
オオカミに何をされたとにらみ返してみれば、まるで周囲に吊るされた子供たちのように、オオカミは力なくうなだれていた。
「あ、あれ? まだ魔法、わかってないのに……」
コランの胸でネックレスが躍った。もう光ることをやめ、たった一欠片しか残っていない、赤いペンダントが。
息を切らし、しばらく突っ立っていたコランをランタンが照らした。
すると、ランタンの主、コランの叔父は悪魔でも見たかのように顔を歪ませ、怯え、すとんとその場に座り込んでしまう。
それもそのはず。自身より大きなオオカミの魔物の死体の前でか弱き少女が頭部から血を流しながら立っていたわけだから。
「逃げないでくださいね」
にこっと失禁して足を震わせる叔父に笑顔を向けると、コランは逆さ吊りになっていた子供たちを助ける。
やや言葉に不自由を感じるが、意識もあるし正気も保っているようだった。
子供を縛っていた縄で叔父を縛り、一番重傷だった子供に肩を貸して地上へと向かう。
食堂に上がったところで窓を覗くと、片方の羽が折れ、右後ろ脚を骨折した獅子とヒバナが戦っていた。周囲には衛兵や憲兵の姿もある。
あの獅子は体が大きいわりに弱いというヒバナの言葉は本当のようでよかった。
鉄下駄をはいた生足を高く上げて前足による攻撃を受けとめ、顔に回し蹴り、続いてかかと落とし。
軸足の鉄下駄が火を吐くと空高く身をひるがえし、ヒバナがいた場所に尾の突き攻撃が放たれた。
着地したヒバナは左足の鉄下駄を獅子の顔に飛ばす。その重厚な一撃を顔面に食らうも、獅子はまだ首を垂れない。
右足の鉄下駄がドンと火を噴くと瞬く間に獅子の眼前まで移動し、先に顔面に食らわせた鉄下駄をさらに押し込むように飛び蹴り。底から花火が吹き上がり、鉄下駄が弾丸として放たれる。
脳を貫通した穴が、獅子の頭に空を映していた。
勝利に沸き上がったところで、コランと子供たちは憲兵のところまで駆け寄った。
子供たちを見た衛兵たちはしまったという顔をしていたが、勝利に酔いしれて時すでに遅し。
こうして叔父の悪だくみは明るみとなり、町に魔物を引き入れたこともあって領地は取り上げ。
その立役者となったコランがヒバナの後見人のもとバーラル領の地主、バーラル・コラン子爵となったのだった。
これが、のちにラプラスの悪魔と呼ばれる、魔法学の始祖 コランの始まりの物語となった。
人気があれば続きも書きます。




