義賊の烽火、南風の宣戦
1371年、晋州。夜の帳は、革命という名の劇薬を包み隠す膜に過ぎなかった。
煤けた倉庫の中、李昭俊は床の地図に一滴の油を垂らした。
「……ここが、民の血を吸い上げて太った晋州の心臓だ。今夜、その拍動を止める」
蝋燭の炎に照らされたソジュンの脇腹には、承浩が縫い合わせた生々しい傷跡が刻まれている。
サイゾウが影のように官庁の警備図を指し、トシゾウが不敵に笑って太刀の鯉口を切った。
「農民どもは、ただの案山子じゃない。死を忘れた鬼だ」
晋州官庁の重い門が、トシゾウの一撃で物理的に破壊された。
暗闇から現れたのは、鋤や鎌を手に、怨嗟の叫びを上げる農民たち。
「止まれ! 貴様ら、何をしているか分かっているのか!」
寝巻姿で飛び出してきた役人を、ソジュンは一瞥もせず、最小限の動きで金庫室へと向かった。背後では、サイゾウが帳簿の山を次々と火の中に放り込んでいく。民を縛り付ける「記録」という名の鎖が、灰へと変わっていく。
破壊された錠前の先で、銀と銅銭が月の光を浴びて鈍く輝いた。
農民たちは、あまりの輝きに息を飲み、呪われた品を見るかのように立ち尽くした。
「……拾え」
ソジュンの声は、冬の月のように冷たく、重い。
「これは、お前たちの娘の身代金だ。お前たちの父が、飢え死ぬ前に納めた税だ。正義に怯えるな、己の権利を掴み取れ!」
一人の老人が、震える手で銀貨を掴んだ。その瞬間に響いた絶叫は、歓喜か、あるいは長年の屈辱の爆発か。金庫室は一瞬にして、略奪という名の「聖戦」の場へと化した。
夜明け前。官庁の屋根から、巨大な烽火が上がった。
赤い炎は、南方の黒い空を裂き、絶望に沈んでいた周辺の村々へ「時代の終わり」を告げる。
「誰も死ななかった……奇跡ですね」
血に汚れた手を洗う承浩に、ソジュンは烽火の火の粉を浴びながら答えた。
「奇跡じゃない、先生。これは貸しだ。いつか、これ以上の血を払わねばならない日が来る」
その言葉の重みに、承浩は知らずのうちに身震いした。この男が見ているのは、略奪の成功ではなく、その先に待つ「建国」という名の修羅場なのだ。
数日後。北の平壌、チャン夫婦の酒場。
旅商人が持ち込んだ「南の激震」の報に、場が凍りついた。
「李昭俊……油売りだと?」
道允は杯を置いた。酒の中に、自分の顔と、まだ見ぬ南の英雄の影が重なっている気がした。
「ハジュン。聞いたか。あいつ、金を全部民に配ったらしい」
「無茶な真似を。朝廷が本気で討伐軍を出すぞ」
ハジュンの警告に、道允はニヤリと笑った。
「いいじゃないか。平壌の針が刺す前に、南の油が火をつけた。……面白い。どっちが先に、この国の首を獲るか、競べようじゃねえか」
道允は、窓から見える南の夜空を睨みつけた。
北の義賊と、南の革命家。
二つの炎はまだ交わっていない。だが、高句麗という巨大な枯れ木は、上下から迫る火の粉に、逃げ場のない咆哮を上げ始めていた。




