私学校、静かなる宣戦
1397年、夏。洪家村。
平壌の喧騒を遠く離れたこの村には、文字を読み上げる子供たちの声と、木刀がぶつかり合う乾いた音が響いていた。
「いいか。言葉を知らなければ、奪われていることさえ気づけない。体を作らなければ、守りたいものさえ守れない。……お前たちは、奪われるために生まれてきたんじゃない」
教壇に立つ道允の指には、墨の汚れと、剣を握り続けた古い傷跡があった。
村外れの河那の酒場からは、今日も飯の炊ける匂いが漂う。
「ほら、しっかり食べな! 腹が減っては学問も武術も身につかないよ!」
その賑わいの影で、ハジュンは平壌から届いた書簡を静かに燃やした。
「……兵役、五年か。ソジュン、お前は民を『人間』ではなく『石垣の礫』としか見られなくなったのか」
ある夜、私学校の庭で、トシゾウが月を見上げていた。
「道允。日本ニモ、民ガ蜂起スル『一揆』トイウ言葉ガアル。……今ノコノ国ハ、ソノ直前ノ匂イガスル」
トシゾウの言葉に、道允は無言で応えた。
サイゾウが広げた最新の勢力図には、民衆の怒りが溜まった箇所が、まるで血腫のように赤く印されていた。
「道允さん、報告です。……北の三家族が、夜逃げしました」
ウンソクの声が、夜の静寂を切り裂いた。
「税が払えず、家財を没収され……。残されたのは、道允さんが子供に貸したあの『千字文』の板だけでした。泥に踏みにじられていたそうです」
道允の目が、一瞬で「義賊の長」のそれに変わった。
窓の外、月明かりの下で、チョルスが磨き上げた巨大な盾が銀色に鈍く光っている。
「ハジュン兄貴、呼んでくれ」
道允は、教卓の上に置かれた「針」を一本、手に取った。
それは、教育という名の長い年月をかけて民を癒そうとした、彼の「静かな希望」の象徴だった。だが、今の道允にとって、それは再び「腐った肉を突く武器」へと変貌していた。
「……五年は待てない。いや、五分も待てない」
道允は一人、夜の校庭に降り立った。
子供たちが明日も笑えるように。
そのために、今度は自分たちが「国」という巨大な壁に、針を刺す番だ。
北の空に、不吉な流星が走った。
平壌の王宮で、ソジュンもまた、その同じ光を見ていた。
二人の時計が、再び同じ速度で回り始めた。




