右将軍の憂鬱、沈黙の砂粒
右将軍――。
その肩書きを帯びてからの日々、洪道允は常に、体に合わない重い鎧を着せられているような感覚の中にいた。
平壌城、謁見の間。
かつて市場で声を張り上げていた道允の口から出るのは、今や「徴収」「配分」「抑止」といった、冷たい無機質な言葉の群れだった。
正面に座る李昭俊は、王冠の重みに耐えるように背筋を伸ばし、かつてないほど「王」として完成されていた。
「道允。民の不満は承知している。だが、国という器を固めるには、今は耐える時期なのだ」
ソジュンの声は、かつての友に語りかけるものではなく、臣下に下す「宣言」へと変わっていた。
月が一度巡るたびに、道允は右将軍の地位を捨て、市場の雑踏へと逃げ込んだ。
そこで出会った老針売り。かつて「お前の針は折れない」と笑ってくれたあの男が、ある日からぷっつりと姿を消した。
(……折れたのは、針じゃなく、あの爺さんの心か)
空っぽになった露店の場所には、別の商人が入り、冷徹な税吏が歩調を揃えて巡回している。
「五年、か」
道允は、ソジュンから提示された「五年」という数字を噛み締めた。
それは王にとっては刹那の整備期間だが、今日を生きる民にとっては、命を削り落とすに十分すぎる残酷な年月だ。
夜、軍師ハジュンの部屋を訪ねた道允の目は、かつて戦場で見せた鋭さを失い、迷い子のようになっていた。
「兄貴。……ソジュンは間違っていない。だが、正しさが人を殺すこともあるんだな」
「道允。革命は一瞬だが、統治は永遠に続く戦いだ。ソジュンは今、歴史という名の敵と戦っている。お前はその背中を支えるのか、それとも……」
ハジュンの問いは、夜風よりも冷たく道允の胸に突き刺さった。
1394年、秋。
ようやく収穫の時期を迎え、少しだけ明るい兆しが見え始めた頃。
王宮の会議で、ソジュンが静かに、しかし断固とした口調で告げた。
「――遼東へ遠征軍を出す。この国の威信を、天下に示す時だ」
広間に衝撃が走った。
道允は、自分の耳を疑った。
民の腹がまだ満たされていない今、さらなる戦を、さらなる税を強いるというのか。
道允は顔を上げた。
その視線の先にいるのは、かつて共に笑った油売りではない。
「国家」という名の怪物に取り憑かれ始めた、一人の孤独な支配者の姿だった。




