暁の始まり、落日の予感
1392年。平壌城広場を包む夜明けは、あまりに白く、そして痛いほどに鮮やかだった。
「……朝鮮。朝が、鮮やかに始まる国か」
李昭俊の声は、かつての油売りの軽やかさを失い、万民の命を背負う王の重圧を帯びていた。
高台の上に立つ彼の影は、広場に集まった数万の民を覆うほどに長く、孤独に伸びている。
「今日、我々は過去を葬り、明日を耕す! この国は、王のものではない。泥を這い、血を流し、今日を生き抜いたお前たちのものだ!」
万雷の拍手と、地を震わせるほどの歓喜。
だが、その熱狂の渦からわずかに離れた場所で、洪道允は己の手を見つめていた。戦い抜いた証である胼胝だらけの拳。
(……ソジュン。お前の言葉は美しい。だが、その美しさがいつか民を縛る鎖にならないか)
「洪道允。……朝鮮右将軍として、この俺の右腕となれ」
宣言の後、ソジュンが差し出したのは、かつてのような「友情の手」ではなく、冷徹な「権力の招待」だった。
道允は一瞬、懐にある一本の錆びた針に触れた。かつて市場でソジュンに売った、あの針の兄弟だ。
「……御意。王の歩む道に、民が躓かぬよう、この命を使いましょう」
道允が頭を下げた時、二人の間に流れたのは、達成感という名の美酒ではなく、正体の知れない「違和感」という名の砂粒だった。
その夜。広場に一人立つ道允の背中に、冷たい風が吹きつけた。
「……ソジュンは高い所へ行った。俺はまだ、地面の冷たさが忘れられねえんだ、ハジュン兄貴」
影の中から現れたハジュンは、何も言わずに道允の隣に立った。
「国を作るということは、誰かを切り捨てる理屈を作ることでもある。道允、お前が感じているその『砂粒』を、決して吐き出すな。それこそが、王が王でいられるための最後の重石だ」
道允は、夜空に輝く北極星を見上げた。
市場で笑い合っていた二人の若者は、もういない。
一人は、光り輝く玉座で「理想」という名の孤独に。
一人は、暗い地平で「現実」という名の針を研ぎ続ける。
新しい朝が始まる。
だが、その暁光の向こう側には、建国という名の残酷な「変質」が、静かにその鎌を研ぎ始めていた。
「……行こう。夜が明ける」
道允が歩き出す。その足跡は、新しい国の土を深く、鋭く刻んでいた。




