王宮の影、腐爛の孤独
王宮の夜は、常時死者の眠りのように静まり返っていた。
呂卓は、広大すぎる寝所で一人、歪んだ銀杯を弄んでいた。彼の指先がわずかに力を込めるだけで、精巧な細工が施された器は、断末魔のような軋みを上げて潰れていく。
(……俺の手に残るのは、いつも破片だけだ)
彼は生まれた時から「怪物」だった。
五歳の頃、遊び半分で庭の巨大な礎石を動かした。周囲は驚愕し、やがてその驚きは、冷たい氷のような「忌避」へと変わった。
父王の目は、息子を見るものではなかった。森で見つけた奇形な獣を見る、その不潔な視線。
「あれは我が子ではない。神がこの国に下した呪いだ」
壁越しに漏れ聞こえたその一言が、呂卓の少年時代を終わらせた。
十五歳の夜、暗殺の刺客を放ったのは、他ならぬ父自身だった。
呂卓は震えなかった。ただ、近づく影を一つずつ、熟れた果実でも潰すかのように、己の手で「処理」していった。父王の寝所に辿り着いた時、手は返り血で黒く染まっていたが、心は凪のように静かだった。
翌朝、玉座に座る呂卓の前に平伏した臣下たちの顔を、彼は生涯忘れない。それは服従ではなく、死を待つ者の絶望だった。
その孤独を塗り潰すために、呂卓は夜の町へ出た。
そこで出会ったのが、花街の泥中に咲く毒花、妲姫だった。
彼女の舞は、優雅というよりは「蹂躙」に近かった。男たちの視線を、欲望を、魂を、その指先一つで切り刻んでいく。
宴が終わり、妲姫が呂卓の前に座った時、彼女は一言も発さずにその手を握った。
「……恐ろしくないのか。この化け物の手が」
「ええ。私も、誰にも触れさせぬ心を抱えて生きておりますから。同類でしょう?」
その言葉が、呂卓という名の冷えた鎧に、初めて亀裂を入れた。
――それから、十三年。
妲姫は今、王宮の闇を司る女狐として、呂卓の傍らに座っている。
「討伐軍の報告は?」
呂卓の声には、かつての覇気はなく、澱んだ倦怠だけが漂っていた。
「五百。崔将軍は容赦なく首を撥ねるでしょう。ですが、陛下」
妲姫は王の肩に触れた。その手は優しいが、爪は鋭く食い込んでいる。
「北の針(道允)も、南の油(昭俊)も、死を恐れぬ民衆の『祈り』を背負っています。今のあなたに、それを押し潰すだけの力が残っていますか?」
呂卓は妲姫を睨みつけた。だが、その瞳に宿っているのは怒りではなく、崩壊を待つ者の縋るような光だった。
「……お前まで、俺を嘲笑うのか」
「いいえ。私は、あなたがすべてを壊し尽くすその瞬間まで、最前列で見守りたいだけです」
妲姫は残酷に微笑んだ。
外では北風が唸りを上げ、革命の足音が王宮の石畳を一歩ずつ削り始めている。
王宮の夜は、今夜も静かすぎた。その静寂は、まもなく訪れる終焉の序曲であった。




