表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/104

第52章:すれ違う双極、あるいは白銀の帰還

神聖アルカディア帝国、北東部『シュバルツ辺境伯領』。

 鉛色の雲から粉雪が舞い散る中、地響きを立てて雪原を駆け抜ける一団があった。

「急げ! 機体の限界駆動レッドゾーンを維持しろ! 一秒でも早く領地に辿り着くんだ!」

 ユーゴー・フォン・シュバルツの咆哮に応え、数十騎の『白銀騎士団』が、装甲から白煙を吹き出しながら雪原を飛ぶように進む。

 帝都防衛の要である黒鉄の峡谷から、休む間もなく超音速の強行軍で北東へ反転してきたのだ。機体もパイロットも疲労の極致にあったが、誰一人として速度を落とす者はいない。

 だが、ユーゴーの視界の先に『第7開拓村』の輪郭が映った瞬間、彼の全身からスッと血の気が引いた。

「……嘘だろ」

 かつて彼が、自らの足で歩き、村人たちと共に笑い合った開拓村。

 そこは今、防壁が吹き飛び、黒焦げの木材が燻る無残な廃墟と化していた。雪原には、極彩色の糸を失い、ただの鉄屑となった教国の白亜の魔導鎧が何機も転がっている。

 遅かったのか。

 あの化け物の狂気が、すでにエレナたちを――。

「……お兄様!!」

 ユーゴーの絶望を切り裂くように、凛とした少女の声が響いた。

 村の裏手、森の隠し通路へと続く雪道から、泥だらけになった防寒着姿のエレナが、村人たちを引き連れて駆け寄ってくる。

「エレナ……ッ!!」

 ユーゴーは《シュネー・ヴァイス》のハッチを蹴り開け、雪原へと飛び降りた。

 足がもつれるのも構わず走り、飛び込んできた妹の小さな身体を、力強く抱きしめる。

「無事だったか……! 父上は!? 領民たちは!」

「お父様は本陣で防衛線を死守しておられます! 村の皆さんも、誰一人欠けることなく避難できました!」

 エレナの涙声に、ユーゴーは大きく安堵の息を吐き出し、天を仰いだ。

 だが、安堵の直後、彼の薄紫の瞳は、村の広場に転がる白亜の残骸へと向けられた。

「……若、これは一体どういうことだ?」

 後れて到着したウルリッヒが、怪訝な顔で魔導鎧の残骸を検分する。

「敵機の装甲が、まるで『巨大なハンマー』で上から叩き潰されたようにひしゃげている。魔導砲や魔法剣の痕じゃない。純粋な質量兵器による、極限の物理破壊だ。……まさか、大旦那様(辺境伯)がこちらへ救援に?」

「違います、ウルリッヒ様」

 エレナが、ユーゴーの腕の中で首を横に振った。

「私たちを助けてくれたのは……深紅の機体でした」

「紅い、機体……?」

 ユーゴーの心臓が、大きく跳ねた。

「はい。魔法の光を一切持たない、傷だらけの無骨な鉄の塊。右腕には動かない鉄の重りをぶら下げていて……でも、その重りを振り子のように使って、あの恐ろしい白亜の騎士たちを次々と薙ぎ払ってくれたんです」

 エレナは、ユーゴーの顔を真っ直ぐに見上げて言った。

「……使う機体も、色も全く違いました。でも、大地を強く踏みしめ、物理の重さと速さだけで敵を圧倒するその戦い方は……お兄様と、とてもよく似ていました」

 ユーゴーは息を呑み、絶句した。

 動かない右腕。魔法を使わない極限の物理。そして、あのフリーポートで交刃した、赤い機体。

(……カイ)

 間違いない。親友だ。

 自分の故郷を、最愛の妹を、あの怪物の狂気から救ってくれたのは、他ならぬ一条魁だったのだ。

「その機体は、どこへ行った!?」

 ユーゴーは思わず、エレナの肩を強く掴んで身を乗り出した。

「北です。村で保護していた騎士の方から『何か』の伝言を聞いた後、黒服の少年はひどく取り乱して……。それでも最後には立ち上がり、『氷刃の谷』へとたった一機で飛んでいきました」

「氷刃の谷……ッ」

 ユーゴーは弾かれたように立ち上がり、シュネー・ヴァイスへと振り返った。

 距離は近い。白銀の最高速で追えば、必ず追いつける。

 前世で、自分の闘争心のエゴで壊してしまった親友。

 今世で再び巡り合いながら、フリーポートでは言葉を交わすことすらできなかった。

 今なら会える。会って、剣を交えて、あるいは背中を預けて、あの化け物(澪)の狂気を共に打ち払うことができるかもしれない。

 ユーゴーは操縦桿に手を伸ばし――。

 ピタリと、その動きを止めた。

『……でも、無駄よ。私のオモチャはまだいくらでもあるわ。……それに、あなたの大切な「故郷」は、もう手遅れかもしれないわよ?』

 黒鉄の峡谷で脳髄に響いた、一条澪の不気味な嘲笑が蘇る。

 そうだ。彼女は「オモチャはまだいくらでもある」と言った。

 教国の主力は退けた。だが、このシュバルツ領の近海や、森の奥深くに、まだ極彩色の糸に操られた別働隊が潜んでいないという保証はどこにもない。

 もし今、自分がカイを追ってここを離れれば。

 その隙を突いて第二陣が襲来した時、父やエレナ、そして領民たちを守る『物理の盾』は完全に失われる。

「……若?」

 ウルリッヒが、立ち尽くすユーゴーの背中に声をかけた。

 ユーゴーは、自らの震える右手を強く握りしめた。

 行きたい。魂が、前世の黒城勇吾としての本能が、あの赤い機体を追いかけろと絶叫している。

 だが。

「……俺は」

 ユーゴーは、シュネー・ヴァイスの操縦桿から、静かに手を離した。

「俺は、もう二度と……自分のエゴで、大切なものを壊すわけにはいかないんだ」

 彼は振り返り、泥だらけになりながらも気丈に立つエレナと、領民たちの顔を見渡した。

 自分がこの世界で十六年間、血反吐を吐きながら守り抜くと誓った、かけがえのない「家族」たち。

 ユーゴー・フォン・シュバルツの命は、彼らのためにある。

「ウル! 白銀騎士団、各機に伝達!!」

 ユーゴーの声が、吹雪く広場に力強く響き渡った。

「全軍、これより領地防衛網を再構築する! 父上の本陣と合流し、周辺の索敵と領民の救助・復旧を最優先とせよ! この領地には、教国軍の指一本、触れさせるな!!」

「……はっ! 御意のままに!!」

 ウルリッヒが、そして白銀騎士団の精鋭たちが、その重い決断に深い敬意を込めて剣を掲げた。

 ユーゴーは一人、吹雪の向こう――北の『氷刃の谷』の空をジッと見つめた。

(……すまない、カイ)

 お前は今、たった一人で、あの最悪のトラウマに立ち向かおうとしている。

 俺が隣に立って、その重荷を半分背負ってやるべきなのに。

(だが……ありがとう。お前が俺の『帰る場所』を護ってくれたから、俺はここに立つことができる)

 ユーゴーは、雪原に突き立てた大剣『無塵』を力強く引き抜いた。

(必ず生きて、あの化け物の狂気を振り払え。……そして次こそ、互いの全力で、あの日の続きをしようぜ)

 届かぬ感謝と再戦の誓いを胸に秘め、白銀の英雄は、親友の背中を見送り、己の戦場へと踵を返した。

 双極の物理は、今はまだ交わらない。

 それぞれの「守るべきもの」と「乗り越えるべき過去」のために、今はただ、同じ空の下で背中を向け合うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ