第48章:深紅の介入、あるいは不器用な火消し
本日2話投稿です。先に47章をお読みください。
時間を少しだけ遡る。
シュバルツ領の北端、バベルとの緩衝地帯に上陸したばかりのガンドック号のブリッジでは、重苦しい沈黙が落ちていた。
破壊された帝国の防壁。そして、その先にある開拓村へと無慈悲な雪崩となって押し寄せる白亜の軍勢。
「……あり得ねえ。シュバルツの親父殿の『盾』が、こんなに早く抜かれるなんてよ」
モニター越しにその光景を見つめるバルガスが、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。
「バルガス、辺境伯を知っているの?」
シエラが視線を向けると、バルガスは忌々しそうに顔を歪め、己の義手をさすった。
「ああ。俺がまだ帝国の将軍だった頃、何度か背中を預け合った仲だ。あいつは帝国で唯一、魔導演算より『兵の練度』と『地の利』を信じる頑固親父だ。……あの親父殿が率いる防衛線が、ろくな通信も残せずに一瞬で瓦解するなんて……教国の奴ら、一体どんな手品を使いやがった」
バルガスは操舵輪から手を離し、傍らに立てかけてあった愛用の大剣を掴み上げた。
「……シエラ。目的の『翼』の探索は後回しだ。あの親父殿の領地が焼かれてんのを、ただ指をくわえて見てるなんて、俺の胃袋が受け付けねえ。……それに、あそこで泣き叫んでんのは、ただの民間人だ」
「……同感ね。空き巣に入ったら家が火事だったんだもの、火消しくらいしてやらないと、泥棒の美学に反するわ」
シエラがコンソールを叩き、全艦に戦闘態勢の号令を響かせる。
同時に、格納庫からはすでに K-Link のアイドリングを終えたカグツチの咆哮が轟いた。
「バルガスさん! 僕が先に出る! あの村まで、直線で跳ぶ!」
「無茶すんな坊主! コアの出力が安定してねえんだぞ!」
「間に合わなくなるよりマシです! リト、《クリムゾン・コア》、周囲の雪を吸い上げて沸騰させろ!」
ガンドック号のハッチから、深紅の機体が躍り出た。
海水の代わりに周囲の雪を強引に吸い込み、胸部のサブコアで一気に気化させる。背部のスラスターから爆発的なスチーム・ブーストが噴射され、カグツチは雪原の空気を超高熱の蒸気で切り裂きながら、砲弾のように空へと跳ね上がった。
◇
そして、時間は再び第7開拓村の広場へと追いつく。
白亜の魔導鎧が、逃げ遅れた子供を庇うエレナの背中へ、無慈悲に巨大な魔導槍を振り下ろそうとしていた。
槍の切っ先に、死の青白いマナが収束していく。
(……お兄様……!)
エレナが目を強く閉じた、その刹那。
「――させるかッ!!」
上空から、大気を引き裂くような少年の絶叫が響いた。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
空から降ってきた「巨大な質量」が、振り下ろされようとしていた教国機の頭上へ、隕石のように直撃した。
カグツチの動かない右腕――数トンの重り。カイは落下エネルギーとその重量を一点に集中させ、魔導障壁ごと教国機を雪原に深くめり込ませたのだ。
「きゃっ……!?」
激しい衝撃波に煽られ、雪に倒れ込んだエレナが、恐る恐る顔を上げた。
舞い上がった白煙と蒸気の中から、ゆっくりと立ち上がる一つの巨神。
それは、白亜の騎士たちのような魔法の光を一切持たない。装甲は傷だらけで、右腕は不格好にぶら下がり、あちこちから泥臭い蒸気を吹き出している、深紅の鉄の塊だった。
(……お兄、様……?)
エレナは一瞬、その深紅の巨神の背中に、いつも彼女を守ってくれる「白銀の英雄」の面影を重ねた。
使う機体も色も全く違う。だが、魔法を使わず、純粋な重力と質量を味方につけて大地を踏みしめるその『理』が、ユーゴーのそれとあまりにも似ていたのだ。
「……遅れてごめん。もう大丈夫だよ」
機体の外部スピーカーから、優しく、けれど芯のある少年の声が響く。
カグツチは漆黒の太刀を左腕で抜き放ち、次々と迫る教国機を、極限の物理機動で瞬く間に両断していく。
右腕の数トンの重りを「遠心力の振り子」として使い、右脚の K-Link のバネで雪原を滑るように跳躍するその姿は、澪の操る完璧な演算を完全に置き去りにしていた。
その後方からは、地響きを立ててバルガスの『テツカブラ』が雄叫びを上げて雪崩れ込み、重厚な盾で村人たちを庇いながら防衛線を構築し始めた。
「待たせたな! シュバルツの親父殿には借りがあってな! ガンドック、これより助太刀するぜ!」
バルガスが通信機越しに吠える。
「お父様の知り合い……? 傭兵の方ですか!?」
エレナが驚きの声を上げると、テツカブラのスピーカーから豪快な笑い声が返ってきた。
「ただの通りすがりの泥棒さ、お嬢ちゃん! さあ、村人たちを連れて早く隠し通路へ向かえ! ここは俺たちで食い止める!」
「……はい! ありがとうございます!」
エレナは子供を抱き起し、涙を拭って再び走り出した。その後ろ姿を、カイはモニター越しに頼もしく見送る。
「カイ! 奴ら、こっちの異常な物理機動に気づいて、陣形を立て直して一斉に囲んでくる気だ!」
「分かってる! リト、周囲の熱源探知を――」
カイが操縦桿を握り直した、その時だった。
カグツチのメインモニターの端に、村の集会所の裏手から、雪原を這いずるようにして近づいてくる、小さな「熱源」が映った。
『……カイ、待って。あの熱源、ただの村人じゃないわ。……このマナの波形、北嶺で見た記憶がある』
リトの警告に従い、カイが神童の眼を向ける。
そこには、凍りついた雪と泥に塗れ、左腕をだらりと下げて息も絶え絶えになっている、一人の男の姿があった。
ボロボロに裂けた外套。だが、その下から覗く白亜の法衣の残骸と、泥に塗れても失われない気高い金髪。
「……まさか、ウラジミール卿!?」
カイは息を呑んだ。
あの『最も清廉な騎士』が、なぜこんな北東の辺境の村に、行き倒れの死に体となって現れたのか。
ウラジミールは、カグツチの姿を認めるなり、残された右腕で雪を強く掴み、血を吐くような声で叫んだ。
「……一、条……魁……!! よく、聞け……!」
雪原に響く、絶望の使者からの伝言。
カイを最も恐ろしいトラウマへと突き落とす「あの名前」が、今まさに語られようとしていた。




