幕間:双極の心臓、あるいはスクラップの矜持
全長八十メートルに及ぶガンドック号の最下層。
そこは、油の焦げるような匂いと、大気が微かに帯電するような特有のオゾン臭が入り混じる、この船の「心臓部」だ。
「……よし、第三バルブの圧力安定。マナ転換機関からの熱供給、物理エンジンにロスなく伝わってるぜ!」
煤で顔を真っ黒にしたロキが、巨大な計器板の前で声を張り上げる。
「カカッ! さすがの出力だ。波の抵抗ごと強引に押し潰して進むにゃあ、この泥臭え馬力が必要不可欠だからな」
太い腕を組み、満足げに機関の駆動音を聞き入っていたバルガスが、豪快に笑った。
この船の最大の特徴は、二つの相反する動力炉を強引に繋ぎ合わせた双極機関にある。
一つは、化石燃料や廃材を燃やして莫大なトルクを生み出す、超大型の物理エンジン。
もう一つは、周囲の大気から魔力を吸い上げるマナ転換機関だ。
だが、この船は吸い上げたマナを、決して「魔法」としては使わない。
優雅に空を飛ぶためでも、美しい障壁を張るためでもなく、マナをただの「熱源」や「電力」として強制変換し、物理エンジンへ叩き込んで限界突破させるためだけに使用している。
「マナでお湯を沸かして、歯車を回す……何度見てもイカレた設計思想だぜ。帝国のエリート機導士サマたちが、顔を真っ赤にしてキレるわけだ」
ロキがスパナを片手に、巨大なシリンダーを見上げてニヤリと笑った。
帝国において、マナとは奇跡を起こす高貴な力である。それを内燃機関の着火剤代わりに使うなど、彼らに言わせれば「野蛮の極み」であり「大逆罪」に等しい。マナはあくまでも魔法として外へ放つべきであり、内側で物理的な力に変換するなどタブー中のタブーなのだ。
バルガスは懐から古びた酒瓶を取り出し、チビリと煽った。
「……五年前だったか。バベルの第七スクラップ場に、コイツが鉄クズとして送られてきたのはよ」
バルガスの脳裏に、赤茶けた荒野の記憶が蘇る。
帝国の兵器開発部門を追放された、古い知り合いの酔いどれ技術者。彼が自嘲気味に指差した先に、この八十メートルの試作艦があった。
『どんな環境でも単独走破できる艦を作れって言うから、キャタピラも水流ジェットも積んで、挙句にマナを物理出力に全振りする炉まで組んでやった。……だが、上が下した評価は「泥臭くて美しくない。帝国の誇りを汚すゴミ」だ。明日には溶解炉行きさ』
そう言って管を巻く技術者の胸倉を、若き日のバルガスは迷わず掴み上げた。
『こんな極上のバケモノを溶かすだと? 寝言は寝て言え。……俺がもらう。買い取りの書類には、すでにスクラップにしたってサインしておけ』
強引な脅しと、ありったけの金貨(ほとんどがシエラの口座から勝手に引き出したものだったが)を押し付け、バルガスはこの船を奪い取った。
陸を無限軌道で蹂躙し、海を強引に割り進み、いざとなれば莫大な排気とスラスターの爆風を地面に叩きつけて低空を飛翔する。
美しさなど欠片もない、ただ前に進むことだけに特化した不格好な鉄の城。
「……帝国の連中はバカだ。マナを物理的な力に変換する。これこそが、一番理不尽で『折れない力』だってのによ」
バルガスが巨大な駆動系を撫でながら呟く。
マナを魔力として放つのではなく、すべて身体能力に振って戦う特務騎士ユーゴー・フォン・シュバルツ。
この船の「双極機関」が、奇しくも帝国の絶対的タブーであるユーゴーの戦い方と同じ理屈に行き着いているなど、今のバルガスは知る由もない。
ズズンッ、と。
船が大きな波を越え、心地よい縦揺れが機関室に伝わった。
上の居住区では今頃、カイが不自由な右脚で上手くバランスを取りながら、実体化したリトと一緒に、初めて見る海の景色に目を輝かせていることだろう。
欠損を抱えた少年と、実体のない妖精。
そして、帝国に棄てられた泥臭い鉄の猟犬。
「さあ、しっかり波を食い破れよ、ガンドック。……今夜は海神の腹の中から、一番熱いお宝をかっさらうんだからな」
バルガスの低い声に応えるように、物理エンジンがひと際高く、獣の咆哮のような駆動音を響かせた。




