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第40章:強奪の設計図《ヘイスト・プラン》、あるいは泥棒たちの円卓

「――ターゲットは、今夜22時に出航する超豪華カジノ船『リヴァイアサン号』。……その最下層で開催される、VIP限定の《闇オークション》よ」

 ガンドック号の薄暗い作戦室。

 中央のテーブルに展開された立体ホログラムには、巨大な豪華客船の図面が青白く浮かび上がっていた。

「目玉商品の『赤い金属のコンテナ』。……十中八九、カグツチの第二の殻ね」

 シエラが細い指示棒でホログラムの一角を指し示す。

「シエラさん。……そのオークション、普通に参加して競り落とすことはできないんですか?」

 カイが真剣な表情で尋ねた。荒事はなるべく避けたいという、彼なりの理性的な判断だ。

 だが、シエラはため息をついて首を振った。

「無理よ。さっきガンドックの全資産を計算したけど、あのコンテナの予想落札価格は、うちの船を三隻売ってもお釣りが来るレベルよ。それに、仮に落札できたとしても『誰が買ったか』で足がつく。帝国や教国のスパイがウヨウヨしている競売で、目立つ真似は自殺行為だわ」

「……なるほど。金もねえ、身元も明かせねえとなれば」

 バルガスがニヤリと笑い、ゴキキッと太い指の関節を鳴らした。

「ええ。今回は『強奪ヘイスト』よ。……スマートに、影も残さず盗み出すわ」

 シエラの宣言に、ロキが身を乗り出した。

「おおっ、なんかプロっぽい響きだな! で、作戦は?」

「ステップ1。まず『客』として潜入し、オークション会場の内部状況を把握する。……これには、顔が割れていない人間が必要ね。カイ、あなたとリトよ」

 シエラはそう言うと、黄金の装飾が施された分厚い招待状を二枚、テーブルに滑らせた。

「リヴァイアサン号のセキュリティは異常よ。帝国の最新魔導防壁と、教国の概念結界を掛け合わせたハイブリッド仕様。普通のハッカーなら、入り口の偽造チェックで炭の塊にされるわね」

「じゃ、じゃあこの招待状は……」

「裏社会のコネを総動員して『本物』の白紙状を手に入れ、そこに私が深層マナ・コードを直接書き込んだわ。……どんな結界だろうと、私が三分で破ってやる」

 シエラは冷たい笑みを浮かべた。その知略と技術の冴えは、教国の暗部を生き抜いた彼女の凄みを雄弁に物語っていた。

「ステップ2。コンテナがステージに上がった瞬間、私が外からリヴァイアサン号の魔導ネットワークをクラッキングし、会場の魔導灯と防犯障壁を強制シャットダウン《ブラックアウト》させる」

「ステップ3。暗闇の隙にコンテナを確保したカイは、指定した外壁のポイントまで移動。……そこで待機していたバルガスとロキが、海側から船殻を『物理的』にぶち抜いて回収するわ」

「船壁をぶち抜くって……見つからずにできるのか?」

 カイが尋ねると、今度はロキが不敵に笑って工具箱をバンッと叩いた。

「へっへー! そこで俺の出番ってわけだ。バベルの廃材から、徹夜で『静音指向性爆薬』を組み上げたぜ! 海中からの爆破で、衝撃と音の99%を外の海側へ逃がしつつ、分厚い装甲だけを綺麗にくり抜く変態仕様だ。潜水用の推進器もバッチリ調整済みだぜ!」

 ロキのメカニックとしての狂気が光る。

「……でも、一つだけ問題が」

 カイは、椅子に掛けられていた黒のフォーマルスーツを見つめ、自分の右脚を指差した。

「このスーツじゃ、いつものように K-Link で大きく踏み込めない。……いざという時、少し動きが鈍るかもしれない」

「甘いなカイ! 俺がそんな『ただの布切れ』を用意すると思うか?」

 ロキが鼻息荒くスーツを広げてみせた。

「この布地はな、バベルの裏市で仕入れた防弾・防刃仕様の特殊繊維だ! しかも、K-Link の排熱を逃がすための極小スリットが編み込んである! 極めつけは裏地に仕込んだ『極小スラスターワイヤー』だ。いざって時は、かかとでスイッチを踏めば、生地の縫い目が弾け飛んで K-Link の可動域が瞬時に解放される仕組みになってる!」

「……すごいな、ロキ。ありがとう、これならいける!」

 カイが感嘆の声を上げる。

「……おいおい。図面の上で計算が合っただけで、勝った気になってんじゃねえぞ、ガキ共」

 作戦室の隅。

 パイプ椅子に深く腰掛け、紫煙を吐き出していた死神ギリアスが、気怠げに口を開いた。

「いいか、坊主。船の上ってのは、地上とは根本的に理屈が違う。波の揺れ、潮風の湿気……床の摩擦係数一つとっても、お前の知ってる『物理』通りには動かねえ」

 ギリアスは葉巻を灰皿に押し付け、鋭い隻眼でカイを射抜いた。

「暗闇の中で踏み込む時、波の『うねり』を味方につけろ。船が沈み込む瞬間に重力を乗せ、持ち上がる瞬間に抜く。……計算通りに動けると思うな。現場の空気を『透かせ』」

「波の、うねり……。はい、肝に銘じます」

 カイは死神の実戦的な忠告に、深く頷いた。

「よし、作戦の共有はこれで終わり。……カイ、エスコート役の準備はいいかしら?」

 シエラが作戦室の奥、フィッティングルームのカーテンを見た。

「ええ。いつでも」

 シャッ、とカーテンが開かれる。

 そこに立っていたのは、見違えるほどにドレスアップしたリトだった。

「……っ!」

 カイは思わず息を呑んだ。

 あの「純白のケープコート」をベースに、シエラが巧妙に手を加えたドレス。透き通るような銀髪は複雑に編み込まれ、真紅のリボンが胸元で鮮やかなアクセントになっている。

 マナを持たぬ古代の妖精は、息を呑むほど高貴で、そして可憐な「生身の少女」としてそこに顕現していた。

「おぉぉ……っ! リト、お前、すげえ……!!」

 ロキが鼻を押さえ、危うく鼻血を吹き出しそうになりながら仰け反る。

 バルガスも「カカッ! こりゃあ、どこの国の姫様かと思うぜ!」と豪快に笑った。

『……どうかしら、カイ。似合ってる?』

 リトは少しだけ頬を染め、恥ずかしそうにスカートの裾をつまんだ。

「ああ。……すごく綺麗だ」

 カイが素直に称賛すると、リトはふわりと微笑み、その瞳に強い決意の光を宿した。

『……あの箱の中にあるのは、私の身体よ』

 リトはカイの前に歩み寄り、その手を取った。

『誰にも渡さない。……私の身体は、私が取り戻す。……行きましょう、カイ』

 少年の温かな手と、妖精の冷たい手が、しっかりと重なり合う。

 夜の帳が下りるフリーポート。

 不器用な泥棒たちの、海神の腹を掻き捌く《ヘイスト》が、今ここに幕を開けた。

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