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幕間、あるいは運命への序章:神速の蹂躙、あるいは不完全の極致

荒野の地平線から、白銀の陽炎が立ち昇る。

 それは帝国第二騎士団分隊長ゼノスが率いる、十二機の正規機導兵器による「死の包囲陣」だった。

「報告。ターゲット、ガンドック号を捕捉。全機、マナ波形を同調……《方陣・白銀の檻》を展開せよ」

 ゼノスの冷徹な命令が下る。

 帝国機が整然と散開し、各機から放出されたマナが不可視の糸となって空を編み上げる。ガンドック号のレーダーは突如としてホワイトアウトし、バルガスが握る操舵輪には、まるで粘りつく泥の中を航行しているかのような異常な負荷がかかった。

「……チッ、搦め手かよ。おいシエラ、電子障壁が焼き切れそうだぞ!」

「分かってるわ! ロキ、予備の演算器を回して! 奴ら、本気で私たちをこの荒野に埋めるつもりよ」

 艦橋が激しい警告音に包まれる中、カイは静かにカグツチのコクピットに滑り込んだ。

 ハッチが閉じる直前、遠く離れたゼノスの指揮官機と、メインモニター越しに視線が交差したような錯覚に陥る。

(……逃がさぬと言ったはずだ、欠陥品)

 通信回線に無理やり割り込んできた、ゼノスの粘着質な声。

 その声が、かつてバベルの喧騒で、右脚を引きずり泥を啜っていたカイに向かって放たれた「ガラクタ」という言葉を、転移して間もない役立たずだった、あの日の記憶を蘇らせる。

『カイ。……あなたの指先が、0.02ミリ秒単位で小刻みに震えているわ。……それを「恐怖」のまま放置するか、「物理的な位置エネルギー」に変換するか……選ぶのは、あなたよ』

 リトの声が、脳内に直接響く。

 彼女の銀色の髪が、コクピット内の計器類から溢れる光を反射して、幻想的に揺れている。

 

「……分かってる。……リト。僕はもう、あの日の僕じゃない」

 カイは目を閉じ、深く、長く、呼吸を整えた。

 ギリアスから学んだ「無の呼吸」。バルガスの横で感じた「生への執着」。

 

 カチリ、と脳内で何かが噛み合った。

 カグツチの K-Link から伝わる駆動振動。右腕の不自然な重さ。義足を通じて伝わるガンドック号の甲板の質感。

 それらすべての情報が、雑音ノイズから意味のある数式データへと変わっていく。

 

「――リト。全感覚、カグツチへバイパス。《神眼》の焦点を、敵機十二機のマナ回路に固定」

『……了解。リミッター解除、段階的に進行。……カイ、世界を見て。今のあなたは、もう何にも縛られていない』

 カイが目を見開いた。

 その瞳は、もはや恐怖に怯える少年のものではなかった。

 かつて一国の騎士たちを戦慄させた「神童」の冷徹な知性と、地獄の淵から這い上がった「機導士」の野生が、不気味に同居した黄金の光。

「ガンドック号、ハッチ解放!!」

 シエラの叫びと共に、深紅の影が荒野へと放たれる。

「愚かな! 正面から突っ込んでくるとはな!」

 ゼノスが冷笑し、全機に一斉射撃を命じた。

 空を覆い尽くす白銀のマナ熱線。逃げ場のない幾何学的な死の網。

 

 だが、カイの視界の中で、その「死の網」には無数の隙間ラインが見えていた。

 

 一歩。

 右脚の K-Link が地面の反動を完璧に吸収し、機体を物理法則を無視した角度へと傾ける。

 熱線の奔流の中を、カグツチが踊るように進む。

 

「……なっ!? 避けているのか? 命中予測地点から、コンマ数秒単位でズレてやがる!」

 ゼノスの驚愕を嘲笑うかのように、カグツチは加速を増す。

 右腕に装着されたままの《深紅の右腕》が、振り子のように大きくスイングし、機体に異常な旋回モーメントを与える。

 

 それは、完成された騎士が最も嫌う、不規則で、暴力的な、けれど美しき「物理の最適解」。

「ゼノス……。あの日、あなたが僕に教えてくれたことを、今度は僕が教えてあげる」

 カイの声が、ゼノスのコックピットに直接、静かに届いた。

「――この一撃の重さを」

 カイが太刀の柄に手をかけた。

 カグツチの全身を巡るマナが、リトの手によって右腕のロック機構セーフティへと集中され、一瞬だけ、封印された巨人の力が物理的な「熱」として溢れ出した。

 開戦の雷鳴が、荒野に轟く。

 それは、少年が過去を切り裂き、未来を掴み取るための咆哮だった。

白銀の檻が、内側から爆ぜた。

 帝国機十二機が放った一斉射撃。その交差点にいたはずの深紅の影は、熱線が着弾する直前、物理限界を超えた「横への跳躍」によって、その座標から消失していた。

「なっ……機導兵器が、あんな角度で地を蹴れるはずがない!」

 ゼノスが叫ぶ。

 だが、彼の常識は、カイの右脚に装着された K-Link によってすでに過去のものとなっていた。

 カイは大地から伝わる摩擦係数、空気の密度、重力のベクトル……そのすべてを義足越しに「触覚」として感じ取り、機体の慣性を完全に制御下に置いていたのだ。

「リト。……一人目」

『了解。《加速》の同期、完了したわ』

 カグツチが地を滑る。

 最短距離で接近された一機の帝国機が、慌てて魔導剣を振り下ろす。だが、カイの「神眼」はその軌道を、刃が動き出すコンマ数秒前に看破していた。

 カイは最小限の動きでそれを躙り寄るようにかわすと、抜刀さえせず、ただカグツチの「動かない右腕」を相手の胸部装甲へ叩きつけた。

 ズドォォォォォンッ!!

 魔導障壁ごと、帝国機の胸部がクレーターのように陥没する。

 爆発すら起きない。あまりに巨大な「質量」が、機体の全機能を一撃で物理的に停止させたのだ。

「馬鹿な……。抜刀すら、していないだと……!?」

 ゼノスの声が震える。

 だが、それは虐殺の序曲に過ぎなかった。

 二機、三機と、深紅の影が戦場を跳ねるたびに、白銀の騎士たちが荒野に転がっていく。

 カイの動きには、一切の迷いがない。

 かつてバベルで彼を絶望させた「帝国の洗練された連携」が、今のカイの目には、鈍重で隙だらけの「予定調和」にしか見えなかった。

「……あいつ、本当にカイかよ」

 ガンドック号のモニターを見ていたロキが、戦慄に声を震わせる。

 そこにあるのは、もはや「操縦」ではない。

 機体と乗り手が一つの生命体として、世界の物理法則を書き換えながら舞っている。その中心で、銀髪の妖精――リトが、カイの脳が焼き切れないよう、膨大なノイズを優美に処理し続けていた。

『カイ、右から四機。マナ波形の励起を確認。……まとめて「掃除」していいわよ』

「……わかった」

 カイは一歩、深く踏み込む。

 右脚の K-Link が、地脈の底を鳴らすような咆哮を上げた。

 カグツチが漆黒の太刀レガリア・ゼロを抜き放つと同時に、リトが右腕の駆動ロックを一時的にオーバーライドする。

 《神速の太刀》――零式。

 それは、マナを一切介在させない、純粋な「速度」と「重さ」の結晶。

 一閃。

 カイを囲んでいた四機の帝国機は、自分が何をされたのかさえ理解できぬまま、機体の腰部から上下に泣き別れた。断面は高熱の摩擦によって赤く溶け、周囲の砂塵が一瞬でガラス状に焼き固められる。

「ひ、……ひぃっ!? 怪物……化け物だッ!!」

 残った随伴機のパイロットたちが、恐怖に耐えかねて戦列を乱す。

 帝国第二騎士団。その精鋭たちが、たった一機の「欠陥品」を前に、逃げ惑う家畜へと成り下がっていた。

 そして。

 荒野の真ん中に残されたのは、震える白銀の指揮官機――ゼノスだけだった。

「……ゼノス。終わりだ」

 カグツチが、ゆっくりと歩み寄る。

 その一歩一歩が、ゼノスの心臓を物理的に握りつぶすかのような重圧プレッシャーを放っていた。

「く、来るな……! 来るなと言っている! 私は帝国騎士だ! 貴様のようなゴミ屑に、敗北するなど断じて――」

 ゼノスが半狂乱で魔導銃を乱射する。

 だが、カイはそれを避けることすらしない。

 カグツチの左腕で、飛来する弾丸をすべて叩き落とし、あるいは装甲で弾き返す。

 カイはゼノスの機体の眼前で足を止めると、カグツチの「紅い右腕」を静かに突き出した。

「……あの日、あなたは僕を『ガラクタ』と言った」

 通信機越しに響くカイの声は、どこまでも穏やかで、そしてどこか悲しげだった。

「今の僕は、貴方に感謝している。あの日、立ち向かう勇気をもう一度、思い出させてくれたのだから」

 カイは右腕を振りかざす。

 ゼノスが絶叫し、目を閉じた。

 

 だが、衝撃は来なかった。

 

 目を開けたゼノスが見たのは、自分の機体の頭部――メインカメラの真横に突き立てられた、カグツチの拳だった。

 拳からは、逃げ場を失った莫大な振動波が放射され、ゼノスの機体のマナ回路を、末端からすべて「物理的に」焼き切っていた。

「……、感謝します。騎士ゼノス」

 カイがカグツチの拳を引き抜く。

 白銀の機体は、全ての光を失い、ただの鉄の塊として荒野に膝を突いた。

 静寂。

 十二機の帝国機を、わずか数分で無力化した少年は、背後に迫るガンドック号を仰ぎ見る。

『……完璧だわ、カイ。……あなたの見た「景色」、私の記録メモリーに刻んでおくわね』

 リトが満足げに微笑む中、カイはふぅ、と長く、あの日失ったものを取り戻すような呼吸を吐いた。

 荒野の風が、沈黙した帝国の亡骸を撫でていく。

 少年は今、真に過去を葬り、新たな運命の地平へと足を踏み出した。


静寂が支配する荒野。

 膝を突き、全ての光を失ったゼノスの指揮官機の傍らで、カグツチは静かに佇んでいた。

 コクピットの中、カイは激しい鼓動を鎮めようと、自分の右膝にそっと手を置いた。

 そこには、肉体としての確かな重みと温度がある。だが、自分の意思で動かすことは叶わない。砕けた膝の皿と断裂した神経は、あの日、破滅の音に刻まれた「消えない呪い」としてそこにあり続けている。

「……動かない。だけど、繋がっている」

 カイが呟く。

 右脚の皮膚に食い込むように装着された K-Link の端子。そこから逆流してくるのは、カグツチの装甲が捉えた風の感触であり、大地の震動だ。

 

 肉体としての右脚は死んでいる。しかし、デバイスを通じて「機体としての右脚」が、カイの脳内で新たな感覚野を形成し、かつての神童以上の機動を可能にしている。

 この歪な「連結リンク」こそが、今のカイの強さの正体だった。

『カイ。……神経の過熱を確認。これ以上の同調は、あなたの本物の脚まで「鋼」に変えてしまうわ』

 隣で実体化したリトが、心配そうにカイの膝に手を重ねる。

 実体化した彼女の手は、今のカイには K-Link を通じたフィードバックとして、驚くほど鮮明な「質量」を持って感じられた。

「……大丈夫だ、リト。……僕が自分の限界を超えれたのは、この脚のおかげだ」

 カイは、力なく項垂れるゼノスの機体を見つめる。

ゼノスは驚愕と失意に打ちひしがれて声も出せない。

 

 ガンドック号がゆっくりと降下し、ハッチが開く。

 中から飛び出してきたロキは、カグツチの機体各部から立ち昇る、摩擦熱による陽炎を見て絶句した。

「……おい、カイ。お前、無茶しすぎだ! K-Link のログが真っ赤だぞ。……これじゃあ、お前の膝の神経がカグツチの回路に『食われて』るようなもんだ!」

「……ごめん、ロキ。でも、これじゃないと届かなかったんだ。……あいつのプライドを、物理的に粉砕するには」

 カイがカグツチを降りる。

 右脚を引きずり、松葉杖を突くその姿は、一見すれば戦う力のない少年のままだ。

 だが、その瞳に宿る黄金の光と、背後に控える深紅の巨神の威圧感は、もはや誰も彼を「欠陥品」と呼ばせないほどの質量を放っていた。

「……ふん。……予想を超えてきやがった。……物理の理屈を超越したか。薄々感じてはいたが…天才か……。」

 デッキの影から現れたギリアスが、短くなった煙草を吐き捨て、僅かに目を細める。


その頃、遥か遠い帝都で1人の若き英雄が誕生していた。

そして、お互いが運命に導かれたように、天才と英雄の道は絡み会う。

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