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第四幕エピローグ:拝命

命をかけた激戦から2か月後、帝都アルカディアの空気は、シュバルツ領のそれとは根本的に異なっていた。

 魔導演算回路が発する微かな低周波が街全体を覆い、すべての呼吸、すべての歩みが最適化された、息の詰まるような静寂。

 その最深部、黄金と魔晶石で飾られた謁見の間にて、ユーゴーは一人、玉座の前に跪いていた。

 背後には、同じく礼装に身を包んだウルリッヒ・チャンドラー。そして、一足先に帝都へ戻っていたライバル、カイゼル・フォン・プロシュタットが、複雑な光を宿した瞳でユーゴーの背中を見つめている。

おもてを上げよ、シュバルツの仔狼よ」

 玉座に鎮座する、アルカディア帝国皇帝の重厚な声が響いた。

 ユーゴーはゆっくりと顔を上げる。その表情には、もはや十六歳の少年らしい幼さは欠片も残っていない。一千機の鋼獣を斬り伏せ、死の淵から生還した者だけが持つ、研ぎ澄まされた「ことわり」の静寂が宿っていた。

「其方が成したことは、もはや一辺境の武勇にとどまらぬ。帝国の演算機が『全滅』と弾き出した絶望を、其方は自らの腕一本で『勝利』へと書き換えた。……帝国は其方を、正式に『帝国英雄』として叙勲する」

「……過分なる光栄に存じます、陛下」

 ユーゴーの言葉は淡々としていた。勲章も、地位も、今の彼にとっては二次的なものに過ぎない。彼が求めているのは、ただ一つ。自分が手に入れたこの「物理」が、どこまで届くのかという真実だけだ。

「だが、英雄よ。光が強まれば、影もまた濃くなるのが世の常。……今、帝国の西端、バベルの境界線において、我々の演算を根底から覆す『亡霊』が蠢いている」

 皇帝の手元で、空中に巨大なホログラムが投影された。

 それは、バベルの砂塵を切り裂いて走る、一筋の「赤」。

 帝国の最新鋭機が、まるで子供の玩具のように次々と両断され、墜ちていく。魔導障壁を無視し、ただ圧倒的な運動エネルギーのみで戦場を蹂躙する、無骨で鋭利な機影。

「……ガンドック」

 ユーゴーの口から、無意識にその名が漏れた。

 モニター越しですら伝わってくる、その機体の「意志」。マナに頼らず、ただ物理的な破壊力のみを研ぎ澄ませたその挙動。

 

 それは、ユーゴーが一生をかけて追い求めている「正解」の一つの完成形のように見えた。

 心臓が、痛いほどに脈打つ。

 黒城くろき勇吾としての魂が、その赤い影に向かって咆哮を上げていた。

「この『赤』は、我が帝国の理を否定し、秩序を乱す不確定要素である。……ユーゴー・フォン・シュバルツ。其方に、帝国直属の特務騎士としての権限を与え、この亡霊の追撃を命ずる」

 皇帝の鋭い眼光が、ユーゴーを射抜いた。

「手段は問わぬ。その正体が何であろうと、我が帝国の障壁を破る者には相応の報いを与えよ。……受けるか、英雄よ」

 ユーゴーは、しばし沈黙した。

 この命令を受ければ、自分は帝国の「正義」を背負い、あの「赤」と殺し合うことになる。

 だが、逃げるという選択肢は最初からなかった。

 この世界で「最強」を証明するために。

「――拝命いたします。このユーゴー・フォン・シュバルツ。帝国の矛となり、その亡霊を必ずや討ち果たしましょう」

 ユーゴーの声は、広大な謁見の間に、鋼鉄がぶつかり合うような硬質な響きを伴って広がった。

 玉座を後にするユーゴーの肩を、カイゼルがすれ違いざまに強く叩いた。

「……フン、厄介な任務を押し付けられたな。だが、あれを斬れるのは、この帝国で君しかいないのも事実だ」

「……分かっているさ。お前の演算も、たまには正しい答えを出すんだな」

 二人は視線を交わす。そこには、あの日パーティーで火花を散らした敵意ではなく、共に地獄を潜り抜けた者だけが共有する、奇妙な連帯感があった。

 皇宮の回廊。

 窓の外に広がる、夕焼けに染まった帝都を眺めながら、ユーゴーは自分の手を見つめた。

 

(待っていろ、紅の亡霊。……)

 白銀の騎士は、静かに、しかし力強く、新たな戦場へと歩み出した。


そこで誰と出会い、そして剣を交えるのか?

その先に待ち受ける運命を若き英雄は知る由もない。


第四幕閉幕

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