第十一章:逆襲
シュバルツ領の空は、絶望の色に染まっていた。
一千機を超えた鋼の獣たちは、十日間でその数を減らすどころか、戦場に散った騎士たちの機体さえも「資材」として喰らい、より醜悪で強固な姿へと自己進化を遂げていた。
膝を突き、駆動系から煙を上げる《シュネー・ヴァイス》。そのコックピットの中で、ユーゴーの意識は暗い濁流に呑み込まれかけていた。
「……若、もう……」
傍らで力尽きようとしていたウルリッヒ・チャンドラーの通信が途絶えかけた、その時だった。
天を切り裂くような高周波の励起音と共に、夜空を紅蓮の閃光が貫いた。
「――演算終了。座標修正不要。一斉射、放てッ!」
降り注いだのは、精密な弾道計算に基づいた魔導弾の雨だ。ユーゴーたちを包囲していたスカベンジャーの群れが、一瞬にして爆炎の渦に呑み込まれる。
爆煙を切り裂いて現れたのは、帝都直参の魔導騎士団三十騎。そしてその中心に立つ、紅蓮の機体。
「……カイゼル、か」
ユーゴーは血の混じった唾を吐き、モニター越しに現れたライバルを睨みつけた。
最短でもあと五日はかかると言われた援軍。カイゼル・フォン・プロシュタットは、兵站の限界を超えた強行軍と、予測航路の最適化によって、その不可能をねじ伏せて戦場へ降り立ったのだ。
「無様な姿だな、シュバルツ。野蛮な物理の限界を、少しは理解したか」
カイゼルの声は、相変わらず冷徹だった。だが、彼の機体から送られてきた戦況データを見た瞬間、ユーゴーの表情が凍りついた。
「……後退……だと? カイゼル、お前何を言っている!」
「冷静になれ。敵の増殖速度は我々の演算予測を三〇〇パーセント上回っている。私の連れてきた三十騎を投入しても、この防衛線を維持できる確率は零点四パーセントだ」
カイゼルは、モニターに冷酷な「死の宣告」を映し出す。
「最適解は、シュバルツ領を放棄し、後方の要塞線を拠点に再編することだ。領民の犠牲は避けられないが、帝都への被害は最小限に抑えられる。……これ以上の抗戦は、ただの資源の浪費だ」
「ふざけるなッ!!」
ユーゴーの怒号が通信機を震わせた。
放棄。それは、あの日マフラーを巻いてくれたエレナの笑顔を、自分を「ユーゴー」として迎えてくれた家族を、そしてこの地で必死に生きる人々を、すべて鋼の獣の餌食にすることを意味する。
「ここには、大切な奴らがいるんだ。演算の数字で、そいつらの命を勝手に切り捨てるな!」
「感情論は不要だ。……君一人で何ができる」
「――道を開けろ、カイゼル」
ユーゴーの《シュネー・ヴァイス》が、軋みを上げながら立ち上がった。
マナ残量、警告表示。機体損傷、限界。
だが、ユーゴーの内側に宿る「理」は、かつてないほどに透き通っていた。
「スカベンジャーが群れとして動いているなら、どこかに中枢がいるはずだ。あの銀色の津波の最深部、女王の首を獲れば、この暴走は止まる」
「狂気だな。一千機の中心へ単騎で突っ込めというのか? 成功率は万に一つも――」
「万に一つあれば十分だ。……お前の演算が『不可能』だと言うなら、俺がその計算式を物理的に叩き割ってやる。カイゼル、お前は最強の『演算者』だろう? なら、せめて俺が女王に辿り着くまでの道くらい、作ってみせろ!」
通信の向こうで、カイゼルが沈黙した。
帝国の正義たる「演算」。
それを真っ向から否定し、奇跡という名の「誤差」を強いる少年の瞳。
カイゼルは、初めて自分の計算機が弾き出さない「熱」に当てられたように、不敵に口角を上げた。
「……フン、どこまでも非論理的な男だ。……ウルリッヒ、全機に伝達。陣形を『楔』へ変更。……全演算リソースを、シュバルツ卿の一撃を届かせるための『回廊』形成に割り当てろ」
「カイゼル、貴様……!」
「勘違いするな。私は、無駄な資源の浪費を止めるために、君という唯一の有効打に賭けるだけだ。……行くぞ、野蛮な騎士。君の『物理』が本物かどうか、この私が観測してやろう」
紅蓮の機体と白銀の機体が、並び立つ。
絶望の十日目。
領地を、家族を、誇りを守るため、一人の少年が「英雄」という名の魔門を潜る。
「全機、突撃開始! 英雄の道を作るぞッ!」
カイゼルの号令と共に、魔導騎士団が死地へとなだれ込む。
ユーゴーは、かつてないほど深く、深く、マナの深淵へと意識を沈めた。
(見ていろ、エレナ。兄ちゃんが、全部終わらせてきてやる)
白銀の閃光が、銀色の濁流へと突き刺さった。




