第十章:死闘
本日2話投稿しております。先に第九章をお読みください。
開戦から十日。シュバルツ領北端「鉄の門」は、もはや要塞としての機能を失いつつあった。
かつて誇り高くそびえ立っていた外壁は、古代の遺物たちが放つ高出力レーザーによって溶解し、ひしゃげた鋼鉄の残骸が折り重なる無残な廃墟へと変貌している。
立ち込めるのは、焼けた油と、過熱した魔導回路が発する鼻を突くオゾン臭。そして、命を賭して散っていった騎士たちの、消えぬ闘志の残照。
「……六番隊、沈黙! 第四防衛線、突破されました!」
通信回線に混じる悲鳴のような叫びを、ユーゴー・フォン・シュバルツは血の味のする唾と共に飲み込んだ。
白銀の機体の装甲は、十日間に及ぶ不眠不休の戦闘によって、かつての輝きを失い、無数の爪痕と煤に覆われている。
「くそっ、次から次へと……! こいつら、本当に終わりがないのかよ!」
ユーゴーの視界を埋め尽くすのは、一千機を超えるスカベンジャー・レイスの群れだ。
多脚型の《クローラー》が死体の山を越えて這い寄り、空からは猛禽を模した《シュライク》が超高周波の刃を突き立てて急降下してくる。一機を粉砕すれば、その背後から三機が現れる。それは個の武勇を嘲笑う、純然たる「数の暴力」だった。
「若! 左舷より多脚型六! 迎撃を!」
漆黒の機体を駆る副官ウルリッヒ・チャンドラーの声も、かつての冷静さを欠き、極限の疲労によって掠れていた。彼の機体もまた、左腕のシールドを失い、満身創痍の状態でユーゴーの背中を守り続けている。
「……分かっている! ウル、お前は下がっていろ!」
ユーゴーが叫び、機体を加速させる。
十五歳の冬に掴んだ「真理」――世界の抵抗を透かす理。
だが、今の戦場には「透かす」べき空間すら残されていなかった。あまりにも濃密な殺意の塊、物理的な質量の壁が、ユーゴーの「理」を力任せに押し潰そうとしてくる。
白銀の剣を一閃。
抵抗を消失させた一撃が、先頭の三機を音もなく両断する。だが、四機目の鎌が《シュネー・ヴァイス》の肩口を掠め、不快な火花を散らした。
「ハァ、ハァ……ッ!」
ユーゴーの意識は、既に限界を超えていた。
マナによる身体強化の代償として、全身の血管が焼き切れるような熱を帯び、神経接続を通じて機体のダメージがダイレクトに脳を焼く。
それでも彼は止まらない。いや、止まれないのだ。
背後には、五十機いた騎士団のなれの果て――わずか十数機にまで減った、ボロボロの戦友たちがいる。
一騎、また一騎と。
昨日まで共に酒を酌み交わしていた仲間たちが、鋼の獣の牙に掛かり、魔導炉を爆発させて消えていった。その一人一人の「最後」の輝きが、ユーゴーの魂に逃げ場のない楔を打ち込み続けている。
(……これが、俺の求めた強さか? こんなに仲間を失って、ただ一人生き残って……何が最強だ!)
黒城勇吾としての執念が、ユーゴーとしての絶望と混ざり合い、黒い炎となってマナを燃やす。
十日目の夜。
荒野を照らすのは月光ではなく、燃え盛る機体の残骸と、スカベンジャーが放つ冷酷なサーチライトの光だった。
シュバルツ領の人々は、遥か遠くで鳴り止まぬ爆音と、夜空を赤く染める火光を見上げ、絶望の淵に立たされていた。
帝国中央からは、依然として「戦況分析中」という冷徹な回答しか届かない。
演算を司る魔導回路は、既にシュバルツ領を「喪失」という名の誤差として処理し始めているのかもしれない。
「……若。弾薬、マナ残量共に……限界です」
ウルリッヒの機体が、ついに膝を突いた。
それを合図にしたかのように、スカベンジャーの群れが、一斉に無機質な駆動音を鳴らし、最後の一振りのために距離を詰めてくる。
地平線を埋め尽くす銀色の瞳が、ユーゴーたちを「獲物」として固定した。
絶望が、物理的な重さとなって戦場を支配する。
かつてない孤立無援。
かつてない死の気配。
「……まだだ。まだ、終わらせない」
ユーゴーは、震える手で操縦桿を握り直した。
血の混じった涙が視界を滲ませる。
(理を透かす? ……そんな綺麗なものじゃ、こいつらは止められない)
ユーゴーの中で、何かが「爆発」した。
それは、剣聖アルベルトすら教えなかった、生身の人間が死の間際に見せる「生への渇望」。
理を乗せるのではなく、絶望を力に変えて、この腐った演算の世界を叩き潰す。
「全機、最後の突撃の準備を。……俺が、先陣を切る」
白銀の機体が、消えかかったマナを振り絞り、最後の光を放つ。
開戦から十日。
シュバルツの誇りが、今、最も暗く、最も熱い夜を迎えようとしていた。
(……見ていろ。俺は、ここじゃ終わらない!)
鋼鉄の獣たちが咆哮を上げ、波となって押し寄せる。
ユーゴー・フォン・シュバルツの「最長の一夜」が、今、始まった。




