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幕間:甘い毒、あるいは神童のモテ期

バレンタイン特別回です。

本編とは別にお考えください。

本日本編も投稿しております。宜しければそちらもご覧ください。

 教国への国境が近づき、外気は一層の冷たさを増していた。

 ガンドック号の食堂では、修行を終えたばかりのカイが、何やら真剣な面持ちで鍋と向き合っていた。傍らではベッキーが不思議そうに首を傾げ、リトが実体化してその手元をじっと覗き込んでいる。

「……カイ、それって食べ物なの? なんだか、泥を固めているみたいだけど」

 リトの率直すぎる指摘に、カイは苦笑いを浮かべた [cite: 2025-12-23]。

「あはは……。これは『チョコ』っていう、僕の故郷にあるお菓子だよ。今日は2月14日……『バレンタインデー』っていう特別な日なんだ」

 カイの説明によれば、彼の故郷ではこの日、意中の相手や親しい友人に甘い菓子を贈り、感謝や好意を伝える習慣があるという。

「へぇ、素敵な習慣じゃない! 殺伐としたこの世界には、そういう『甘さ』が足りないのよね」

 ベッキーが感心したように頷くが、リトの視線はどこか鋭い。

『……それで、カイ。故郷にいた頃のあなたは、この「バレンタイン」とやらで、どれほどの戦果を挙げていたの?』

「えっ? いや、戦果ってほどじゃ……」

『隠しても無駄よ。あなたの記憶ログの深層に、この時期になると下駄箱や机の中に「物理的な未確認物体」が大量に発生していた反応を感知したわ』

 リトの執拗な追及に、カイは観念したように頭を掻いた。

「……まあ、その。神童なんて呼ばれて剣の大会に出てた頃は……ありがたいことに、両手でも抱えきれないくらいのチョコをもらってたかな。放課後に呼び出されたり、手紙が添えられてたり……。でも、当時の僕は剣のことしか頭になくて、全部まともに返せてなかった気がするよ」

 その言葉を聞いた瞬間、食堂の入り口で聞き耳を立てていた男たちが、堰を切ったように乱入してきた。

「――なんだとぉぉ!! 両手で抱えきれないだと!?」

 ロキが鼻息も荒く、カイの肩を掴んで揺さぶる。

「おいカイ! それはギルティだ、大罪だぞ! 俺なんて整備一筋で、女っ気なんてネジの一本分もねえってのに!」

「はっはっは! 坊主、お前そんなにモテてたのか。道理で女の扱いに慣れてると思ったぜ!」

 バルガスが豪快に笑いながら、カイの背中をバシバシと叩く。

「……ふん。……あー、めんどくせえ。……だが、その『チョコ』とやらが、死弾より甘いってんなら、毒味くらいはしてやる」

 ギリアスまでもが、いつの間にかワイングラスを片手に加わっていた。

 カイは照れながらも、完成したばかりのチョコを一口大に切り分け、皿に並べた。

 まずはバルガスが、恐る恐る口に運ぶ。

「……ぬ? ……おお……! これは……苦いが、甘い! 喉の奥にガツンとくる質量感だ!」

「本当だ、すげえ! マナの回復薬よりよっぽど力が湧いてくる気がするぜ!」

 ロキが目を輝かせ、次々とチョコを口に放り込む。シエラもキッチンから現れ、優雅に一粒を口にした。

「……あら。悪くないわね。……この複雑な甘み、教国の高価な砂糖菓子よりもずっと『理』にかなっているわ」

 男たちが盛り上がる中、リトだけは実体化した姿のまま、皿の上のチョコを静かに見つめていた。

 彼女は有機物を摂取することはできない。けれど、カイが込めた「感謝」という名の熱量だけは、共鳴する神経系を通じてダイレクトに伝わってくる。

『……カイ。みんなに配る分は分かったわ。……でも、私の分は?』

「えっ……でも、リトは食べられないんじゃ……」

『物理的な摂取は不要よ。……私が欲しいのは、その「意味」だわ』

 リトはカイの隣に座り、彼の K-Link が装着された右脚にそっと手を触れた 。

 途端に、カイの脳内に甘い痺れのような信号が走る。

『……今、あなたの味覚センサーをジャミングしたわ。あなたが感じているその「甘み」を、私のコアに直接転送して。……それが、私へのチョコ代わりよ』 [cite: 2025-12-26]

 リトの強引で、けれど愛らしいワガママに、カイは優しく目を細めた。

 彼は一粒のチョコを自分の口に運び、ゆっくりと噛み締める。

 二人の神経系が同期し、カグツチの演算回路が、かつてないほど穏やかなピンク色の波形を描き出した。

「……リト、いつもありがとう。……これからも、よろしくね」

『――ええ、カイ。……故郷の女の子たちには悪いけれど、今のあなたの隣にいるのは、私なんだから』

 騒がしい食堂の喧騒の中で、二人だけの静かな、けれど最高に「甘い」通信が交わされる。

 鉄と油の匂いが漂うガンドック号のバレンタインは、かつての神童が知っていたどの2月14日よりも、深く、温かな熱を帯びていた。

 その様子をワイン片手に眺めていたギリアスが、ボソリと独り言を漏らす。

「……ったく、甘すぎて胃が焼けそうだ。……おい、整備士。こいつら、これ以上『同調』を強めたら、機体のセーフティどころか、俺たちの当てられっぷりが持たねえぞ」

 死神のぼやきさえも、今夜ばかりは賑やかな宴の音にかき消されていった。

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