第七章:虚像
神聖アルカディア帝国とレムス共和国の国境、通称「嘆きの平原」。
かつて肥沃な大地だった場所は、今や数多の魔導兵装が穿ったクレーターと、黒煙を上げる鉄の残骸が転がる不毛の荒野と化していた。
その最前線。白銀の機体を駆るユーゴー・フォン・シュバルツの視界には、地平線を埋め尽くすほどの共和国軍の無人魔導機甲群が映っていた。
「……数が多いな。ウル、弾薬の残量は」
「若、ご心配なく。……ですが、今回は我々だけではありませんよ」
副官ウルリッヒ・チャンドラーの視線の先。白銀の機体の右翼に陣取るのは、紅蓮の装甲に身を包んだ最新鋭機。そして、それを核として一糸乱れぬ隊列を組む、カイゼル・フォン・プロシュタット率いる帝都直参の魔導騎士団だった。
「聞こえるか、シュバルツ卿。……君の野蛮な突撃は、今回の作戦には必要ない。私が弾き出した『最適解』に従い、チェスの駒としての役割を果たしてもらおう」
通信回線から流れる、カイゼルの冷徹な声。
ユーゴーは不敵に笑い、機体を一段階加速させた。
「最適解だと? 戦場は生き物だ。計算通りにいかないのが『物理』だろう、カイゼル」
「……愚かだな。君が『物理』と呼ぶ不確定要素すら、私の演算の網の中だ」
戦闘の火蓋は、共和国軍の一斉射撃によって切られた。
ユーゴーはいつものように、マナを肉体強化に全振りし、自律演算をオフにする。爆発的な加速で敵陣へ飛び込み、多重障壁をその一撃で粉砕しようと試みた。
だが、その瞬間だった。
「――第一波、右翼より三秒後に回避。シュバルツ、君の機体座標を五度修正しろ。……行け」
カイゼルの指示と同時に、ユーゴーの機体モニターに強制的な介入がかかる。
ユーゴーが「勘」で察知した敵の狙撃地点。だが、カイゼルが導き出したのは、その狙撃を逆利用して敵の背後に回り込む、さらに冷酷な最短ルートだった。
ユーゴーが剣を振るう前に、カイゼル率いる騎士団が、まるで見えない糸に操られるように一斉に動く。
彼らは個々の武勇など競わない。演算リンクによって同期された三十騎が、一つの巨大な生き物のように、共和国の防陣を「効率的」に解体していく。
障壁を叩き割る必要すらない。彼らは障壁が最も脆弱になる瞬間を演算で割り出し、そこへ最小限の魔導弾を撃ち込んで無力化していくのだ。
「……何だ、これは」
ユーゴーは戦慄した。
自分が血の滲むような研鑽で手に入れた「突破力」。それが、カイゼルの構築した「完全なる戦術演算」の前では、ただの粗削りで非効率な暴力に見えてしまう。
ユーゴーが機体を駆り、一機を仕留める間に、カイゼルの部隊は十機を沈める。
ユーゴーがマナを燃やして障壁を強行突破する横で、カイゼルの部隊は障壁そのものを「無かったこと」にして通り過ぎる。
圧倒的な、効率。
個の魂を削る研鑽を嘲笑うような、システムの暴力。
「これが私の『正解』だ、シュバルツ。君の剣は重いが、広大な戦場というマトリクスにおいては、ただの誤差に過ぎない」
戦いは、帝国の圧勝で終わった。
だが、返り血を浴びることなく整然と立ち並ぶ紅蓮の騎士たちの中で、ユーゴーはかつてないほどの敗北感に打ち震えていた。
自分の「物理」が、通用していないわけではない。
ただ、カイゼルの「演算」という巨大な歯車の一部として組み込まれたとき、ユーゴー・フォン・シュバルツという個人の意志は、完全に消し去られていた。
(……俺の剣は、軽いのか? どんなに重さを求めても、あの冷たい数字の檻には届かないのか?)
帰還する輸送艦の中で、ユーゴーは自分の手を見つめた。
震えが止まらない。それは恐怖ではなく、自分の存在そのものを否定されたことへの、深い絶望だった。
「若……。あ奴のやり方は、我々の『武』とは相容れません。ですが、認めざるを得ない。……あの一戦、我々シュバルツの兵には、死傷者が一人も出なかった。それは、カイゼルの演算が正しかった証拠です」
ウルリッヒの言葉が、トドメとなってユーゴーの胸に突き刺さる。
人を守るための盾。その目的を果たすためなら、ユーゴーの泥臭い努力よりも、カイゼルの冷徹な最適解の方が、より「正しい」ということになる。
黒城勇吾としての執念。
ユーゴーとしての自負。
それらすべてが、帝都の「最新」という名の巨大な虚像に飲み込まれていく。
「……俺は、今のままじゃダメだ」
ユーゴーは、艦内の暗い一角で独り、絞り出すように呟いた。
力でねじ伏せるだけでは、この世界を制する理にはなれない。
15歳の敗北。
それは、ただの不確定要素として処理された少年の、初めての挫折。
白銀の騎士は、暗闇の中で己の剣を見失いかけていた。
その光を再び見出すためには、物理の先にある、あの「老人」の教えが必要だったのだ。
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