第六章:火花
本日2話投稿しております。
先に幕間をお読みくださいませ。
帝都アルカディア、白亜の皇宮。
その大広間は、数千もの魔導灯によって昼間のような輝きを放ち、高価な香水の香りと、精緻に調律された弦楽の調べに満たされていた。
今日は第三公女、フィオナ・ド・アルカディアの十五歳の誕生日。帝国の名だたる貴族たちが、その権勢と演算能力を誇示するために、極彩色のドレスと勲章を纏って集っている。
その華やかな喧騒の中で、ユーゴー・フォン・シュバルツは、いささか窮屈そうに軍礼装の襟を正していた。
「……若、顔が強張っておりますよ。戦場でのあの不敵な笑みはどうされました?」
傍らで、同じく礼装に身を包んだ副官ウルリッヒ・チャンドラーが、冷ややかなワインを口にしながら囁く。十九歳から二十歳を迎えようとするウルリッヒは、社交の場でも相変わらず冷静沈着で、その立ち姿は既に一軍を率いる将としての風格を完成させていた。
「慣れないんだよ、こういう場所は。……床の摩擦係数が低すぎて、どうも足元が落ち着かない」
「ははっ、社交界のダンスフロアを重心移動の観点で語るのは貴方くらいですな」
二人の会話を遮るように、会場の空気が一変した。
広間の入り口から、一人の少年が歩み寄ってくる。
燃えるような紅蓮の髪と、すべてを見透かすような鋭い碧眼。
プロシュタット侯爵家嫡男、カイゼル・フォン・プロシュタット。
彼が歩くたびに、周囲の貴族たちが畏怖を込めて道を開ける。カイゼルは、帝都の最高学府を史上最年少で卒業し、最新鋭の魔導演算理論を実戦に持ち込んだ「演算の申し子」として知られていた。
「――君が、シュバルツの『異端児』か」
カイゼルはユーゴーの目の前で足を止めると、値踏みするようにその全身を眺めた。
「初めまして、ユーゴー・フォン・シュバルツ卿。君の初陣での『野蛮な』戦果は、帝都の演算室でも大きなバグとして処理されていたよ。……マナを身体強化にのみ使い、障壁を物理的に叩き割る。効率の欠片もない、前時代の遺物だ」
挑発的な言葉。広間の温度が数度下がったかのような緊張感が走る。
だが、ユーゴーは不快感を示すどころか、むしろ興味深げにカイゼルを見つめ返した。
「効率、か。……君の言う効率的な戦い方とやらは、目の前の敵が流す血の熱さまで計算に入っているのか?」
「血の熱さ? ……フン、非論理的だな。戦いとは、最適解の連続によって導き出される『事象の処理』だ。君のような感情任せの暴力は、いずれ精密な演算の網に囚われ、窒息することになる」
二人の視線がぶつかり合う。
ユーゴーの薄紫の瞳が宿す「泥臭い研鑽の光」と、カイゼルの碧眼が放つ「冷徹な論理の光」。
それは、帝国の未来を二分する二つの「理」が、初めて火花を散らした瞬間だった。
「……そこまでになさい、カイゼル様」
その場を鎮めたのは、主役であるフィオナ皇女だった。
十五歳を迎え、少女の可憐さに皇族としての気品が加わった彼女は、迷うことなくユーゴーの隣へと歩み寄る。
「ユーゴー様は、私の大切な賓客です。彼の戦い方を否定することは、彼を信じる私の審美眼を否定することと同義ですわよ?」
「……失礼しました、皇女殿下。私はただ、これからの帝国を背負う者として、真に守るべき『正解』が何であるかを確認したかっただけです」
カイゼルは恭しく一礼したが、その瞳は依然としてユーゴーを捉えたままだった。
「ユーゴー・フォン・シュバルツ。近いうちに、模擬戦の場を設けてもらおう。……君のその『物理』が、私の『演算』という名の檻から逃げ出せるかどうか、試させてもらうよ」
カイゼルが去った後、ウルリッヒが静かにユーゴーの肩を叩いた。
「……厄介なライバルができましたな、若。あれは、アーラムのようなただの噛ませ犬ではありません。本物の、理屈を極めた天才だ」
「ああ、分かっているよ。……でも、楽しみだ」
ユーゴーは、遠ざかるカイゼルの背中を見つめながら、無意識に右拳を握りしめた。
マナを身体能力に振って戦う、最強への道。
それを否定する「完全なる演算」という壁。
十五歳の誕生パーティー。
それは祝祭の夜であると同時に、ユーゴーにとって、帝国の中枢に潜む「最強の敵」を確信した夜となった。
白銀の騎士と、紅蓮の演算者。
二人の少年の宿命が、帝都の華やかな灯火の下で、静かに、しかし激しく燃え上がり始めた。




