第二章:鋼鉄
本日2話投稿しております。先にプロローグをお読みくださいませ。
リバースサイド第1章『転生』の続きになっております。
時は少しだけ遡る。
神聖アルカディア帝国、北東部。峻険な山脈に抱かれたシュバルツ辺境伯領は、年中、冷徹なまでの冬の風に晒されている。
その第三訓練場に、場違いな高周波の励起音が響き渡っていた。
「……演算終了。予測軌道、固定。これで終わりですよ、辺境の若君!」
叫んだのは、帝都の近衛騎士団から「技術供与」の名目で派遣されてきた青年騎士、アーラム・リンゼイだ。
彼は帝都の最新鋭魔導兵装――《アームド・シェル》を全身に纏っていた。それは背部に搭載された術式加速器によってパイロットの筋力を数十倍に跳ね上げ、内蔵された演算チップが相手の動きをミリ秒単位で先読みし、自動的に最適な反撃軌道を導き出す「最新の正義」だった。
対するは、シュバルツ家の嫡男、ユーゴー・フォン・シュバルツ。
わずか十三歳の少年。
まだ声変わりもしていない細い身体には、しかし、この国の高位貴族としても規格外の、巨大なマナが内蔵されている。
だが、彼が手にしているのは術式が組み込まれた魔導剣ではない。ただの、無骨で重い鋼鉄の塊――「剣」の形をした、鉄の棒に等しい代物だった。
「ユーゴー、無理はするな。最新鋭の魔導工学は、お前が考えているより遥かに厄介だ」
訓練場の端で、腕を組みながら戦況を見つめる父親、シュバルツ辺境伯が低い声で制した。その隣には、狂気的な鍛錬に没頭する息子を案じる母親の姿もあった。
ユーゴーは、父の言葉に答えなかった。
ただ静かに、前世――黒城勇吾の魂が刻み込んだ「正眼」に構える。
彼の内側では、膨大なマナが激流となって駆け巡っていた。
彼はそれを外に解き放つ「魔法」には使わない。すべてを内側へ、細胞の一つ一つ、筋肉の繊維一本一本を焼き切らんばかりに強化する「燃料」としてのみ消費する。
演算チップが導き出す「仮想の力」ではない。自らの肉体という物理現象そのものを、マナによって強制的に引き上げる――それは、帝国の魔導理論から見れば自殺行為にも等しい異端の戦い方だった。
「野蛮な! 演算の最適解に勝てる道理はありません!」
アーラムが地面を蹴った。
魔導加速による突進。演算チップが弾き出したのは、ユーゴーの正面から左肩を抜き去る高速の刺突。
だが、ユーゴーの薄紫の瞳には、その動きは「あまりに軽すぎる」代物に映った。
(――遅い)
一歩。
ユーゴーが踏み込んだ瞬間、訓練場の石畳が轟音と共に爆ぜた。
最新鋭の演算機が予測していた「人体の限界速度」を、ユーゴーの「物理的加速」が嘲笑うかのように上書きする。
「なっ――!?」
アーラムの視界から、ユーゴーの姿が消えた。
いや、消えたのではない。演算機が「そこにはまだ到達しない」と判断した座標へ、ユーゴーは既に踏み込んでいたのだ。
ユーゴーは、相手の魔導障壁が自動展開されるよりも速く、最短距離で鋼鉄の剣を振り下ろした。
魔導という「術」を纏った装甲に対し、ただの「質量」という暴力が真っ向から激突する。
ガァァァァァァン――ッ!!
耳を劈くような金属音が訓練場に響き渡る。
次の瞬間、最新鋭の《アームド・シェル》は、ユーゴーの放った一撃の「重さ」に耐えきれず、装甲がひしゃげ、術式チップが火花を散らして沈黙した。
演算エラー。
あまりにも想定外の、純粋な「質量」と「速度」による制圧。
最新装備を無残に粉砕され、地面に転がったアーラムを見下ろし、ユーゴーは静かに剣を納めた。
「機械の計算に命を預けているから、自分の重心すら見失うんだ。……あんたの剣は、軽い」
冷徹なその一言が、場に重苦しい静寂を連れてきた。
父親は驚愕に目を見開き、辺境伯夫人である母親は、息子の背中に漂う、十三歳には不釣り合いなほどの「孤独な武人」の気配に、胸を締め付けられるような予感を抱いた。
その時だった。
訓練場の入り口、煤けたローブに身を包んだ一人の老人が、影のように佇んでいた。
気配がない。まるでそこにある岩か、あるいは吹き抜ける冬の風そのものが形を成したかのような、圧倒的な「静」の存在感。
辺境伯はその姿を認めた瞬間、顔色を変えた。
「貴公……なぜ、ここに」
老人はフードの奥で、鋭い眼光をユーゴーへと向けた。
その眼は、帝都の技官たちが見ている「マナの数値」や「演算の効率」などではない。少年の魂が、どれほどの絶望と研鑽を経て、この歪な「重さ」を作り上げたのかを、ただ一点、見抜こうとしていた。
「風に呼ばれたまでよ、シュバルツ。……帝都の『計算機ごっこ』には飽き飽きしていたが、まさかこの辺境に、これほどまでの『澱』を抱えた種火がいようとはな」
老人は辺境伯にだけ聞こえるような、枯木が擦れるような低い声で囁いた。
「剣聖殿。……あの子を、どう見ますか」
辺境伯の問いに、老人はしばし沈黙した。
やがて、わずかに口角を上げると、まだ荒削りなユーゴーの構えを指して呟いた。
「危ういな。あやつは、マナを『力』としてではなく、自らを縛る『鎖』として使っておる。……シュバルツよ。あやつに伝えておけ。剣は『腕』で振るものではなく、『理』を乗せるものだと」
老剣聖はそれだけ言うと、ユーゴーと直接言葉を交わすことなく、再び影の中へと消えていった。
後に残されたのは、ひしゃげた最新兵装の残骸と、一人の少年の、どこまでも真っ直ぐで不器用な闘志だけだった。
十三歳。
ユーゴー・フォン・シュバルツは、この日、帝国の「常識」を自らの腕一本で粉砕した。
それが、後に帝国全土を震撼させ、マナという名の虚像を破壊し尽くす『白銀の騎士』への、真なる産声であった。




