表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/105

幕間:鉄の胃袋、あるいは乙女のハッキング

シルヴァン樹海を脱出し、教国への国境付近を航行するガンドック号。

 今夜の食堂は、いつになく殺気立っていた。理由はただ一つ。シエラがバベルの闇市場で隠し持っていた、超希少な「天然物の霜降り肉」が解禁されたからだ。

「いいか、坊主ども! 弱肉強食は荒野の掟だ。この肉を箸で掴んだ奴が、今夜の王様だ!!」

 バルガスが筋骨隆々の腕をまくり、巨大な鍋を前に吠える。

 ロキはゴーグルを装着し、スパナの代わりに菜箸を構えて鼻息を荒くしていた。

「へっ、親父の鈍い動きじゃ俺の『精密ピッキング(箸使い)』には勝てねえよ! カイ、お前もぼさっとすんな、食わねえと死ぬぞ!」

 カイは K-Link をカチカチと鳴らしながら、苦笑いで二人を見守っていた。

「あはは……。でも、その前にシエラさんが『全員で手を合わせてから』って――」

「――あああ!! ちょっと、あんたたち!! 私がタレを作ってる間に肉を投入してんじゃないわよ!!」

 キッチンからシエラがおたまを武器のように振り回しながら乱入してくる。彼女の銀髪は怒りで逆立ち、いつもの冷徹な指揮官の面影は微塵もない。

 その時、食堂の隅で一人、不味そうに冷めた配給食を突いていた男が深く溜息を吐いた。

「……ったく。ガキの喧嘩かよ。これだから野犬の群れは……」

 ギリアスだ。彼はまだ、この船の「騒音」という名の活気に馴染めずにいた。聖域での孤独な歳月は、彼の感覚を「必要最低限の栄養摂取」にまで削ぎ落としていたのだ 。

 だが、その時。食堂の空気がふわりと歪んだ。

 ノイズと共に現れたのは、銀髪の少女――実体化したリトだ。

「……ふふ。有機物の摂取によるエネルギー効率の変動ね。極めて情緒的で、非合理的だわ」

「お、リト! お前も食うか? ……って、お前は実体化しても食べられないんだっけか」

 ロキが気遣うように声をかけるが、リトは冷たい微笑を浮かべ、シエラの端末へ指先を這わせた 。

「不要よ。……それよりシエラ。あなたの個人端末にある『自分へのご褒美リスト』に登録されている最高級ワインの隠し場所、特定したわよ。今、調理場の冷蔵庫の電子ロックを解除したわ」

「なっ……!? ちょっと待ちなさい! それは教国を落とした後に一人で開けるつもりだったのに!!」

「リト、よくやった!! さあ野郎ども、宴の始まりだぁ!!」

 バルガスの雄叫びと共に、ワインが強引に振る舞われ、鍋の中では「バルガス」と「ロキ」の箸が火花を散らす。

「あ、ズルいよロキ! 今の僕の肉だったのに!」

「戦場に『俺の』も『お前の』もねえんだよカイ! ……あいたっ!? シエラ姉さん、おたまで殴るなよ!」

「うるさいわね、この盗賊団ども! 私のワイン代、全部あんたたちの給料から引いてやるんだから!」

 ギリアスは、飛び交う怒号とおたまを避けながら、呆れ果てて首を振る。

「……おい、副長。あんた、こんな幼稚園の引率でよく正気を保ってられるな」

「あら、ギリアス。……死神も、高級ワインの一杯くらい飲まないと『墓場』から戻ってこられないわよ?」

 シエラが毒づきながらギリアスのコップに並々とワインを注ぐ。ギリアスは顔を顰めながらもそれを一口煽り……その芳醇な香りに、僅かに眉を上げた。

 一方、リトは混乱の渦中で肉を死守しようとするカイの隣に座り、楽しげに足を揺らしていた。

 彼女はそっと、カイの耳元で囁く。

(カイ。……あっちの、バルガスの影にある小皿。あそこに、ロキが隠した『特選の赤身』があるわ。……今、ロキのゴーグルの視界センサーを0.5秒だけハッキングしてジャミングしてあげる)

「えっ……? リト、それはズルだよ」

(……いいのよ。あなたは、もっと大きくならなきゃいけないんだから。《深紅の右腕》を振り回すだけの『熱』、ここで蓄えておきなさい)

 リトの「物理ハッキング」と、カイの「速《箸》」が同期した。

 一瞬の隙を突き、カイの箸が赤身をかっさらう。

「――あぁぁぁ!! 俺の秘蔵の肉がぁぁぁ!! カイ、お前今どうやって動いたんだよ!?」

 絶叫するロキ。豪快に笑うバルガス。ブチ切れるシエラ。

 それらを眺めながら、ギリアスは思わず口端を歪めた。

「……ふん。……あー、めんどくせえ連中だ。……だが、不味くはねえな」

 頬を膨らませて肉を噛みしめるカイと、満足げに微笑む鋼の妖精。

 鉄と油の臭いが漂うガンドック号の夜は、泥臭くて、騒がしくて、そして――死神が知らなかった、生きた人間の熱に満ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ