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第37章:鋼の約束、あるいは第三幕エピローグ

ベルティナが消滅した後に残されたのは、不自然なほどに透き通った夜気と、焼き焦げた大地の匂いだけだった。

 カグツチは、ぶら下がったままの右腕を夜風に揺らしながら、ゆっくりとその歩みをガンドック号へと進める。K-Link を通じて伝えられるカグツチの鼓動は、戦闘の余熱を帯び、カイの肉体の一部であるかのように淀みなくその歩行を支えていた。

「……終わったんだな、リト」

『ええ、カイ。……お疲れ様。あなたの「熱」、最高だったわ』

 コクピットの中で、リトの姿は今にも消えそうなほど薄い。けれど、その瞳にはかつてないほどの充足感が宿っていた。

 ハッチが開き、シエラとロキが泥まみれの顔で歩み寄る。ガンドック号のタラップからは、バルガスとベッキーが我慢しきれない様子で身を乗り出していた。

「カイ! ロキ! 副長! よく戻ったなぁ!!」

「最高だったよぉ、あの炎! 遠くから見てても痺れたねぇ!」

 バルガスの豪快な笑い声が、戦場の静寂を日常の色に塗り替えていく。

 だが、その喧騒から一歩離れた場所で、ギリアスは一人、愛機『シュトルム・ディガー』の脚部に寄りかかり、最後の一本となった葉巻に火をつけていた。

「……ギリアスさん。行かないんですか?」

 カグツチから降り、地面を踏み締めたカイが歩み寄る。K-Link が正常に稼働している今、その足取りに危うさはない。ギリアスは煙を吐き出して首を振った。

「……ああ。俺は行くが、この『掘削機ディガー』はここでお別れだ」

 ギリアスが、慈しむようにシュトルム・ディガーの装甲を叩く。その深い緑色の機体は、月光を浴びて、まるで森の一部に還ろうとしているかのように見えた。

「……こいつは、聖域の『礎』として造られた機体だ。マナを拒絶するこの森のバランスを保つための、いわば杭みたいなもんでな。外へ出れば、こいつの心臓は一分も持たねえ。死神は、墓場からは出られないのさ」

「……いいんですか。ギリアスさんのこれまでの『戦い』は、全部この機体と共にあったんじゃないんですか」

 カイの問いに、ギリアスは低く笑った。その笑いには、長年背負ってきた重荷を下ろした者の、不思議な清々しさがあった。

「……勘違いするなよ、坊主。俺がこいつを動かしてたんじゃない。俺という『個』を叩きつけるために、こいつを道具として使い倒してきただけだ。……道具が代わろうが、俺が俺であることに変わりはねえよ。……それに、あっちの副長さんに約束しちまったからな。……オイル臭いベッドなら用意してあるんだろ?」

 いつの間にか歩み寄っていたシエラが、腕を組んでフッと口角を上げた。

「ええ。それに、最高の整備士ロキが、あなたの次の『手足』を今から楽しみにしているわ。……不平不満は、ガンドックの食堂で聞かせてもらうわよ」

「……ケッ。……休暇が遠のく一方だな」

 ギリアスは短くなった葉巻を投げ捨て、シュトルム・ディガーのコクピットから一振りの、古びたレンチを取り出した。

 そして、別れを惜しむように一度だけ機体のモノアイを撫でると、迷うことなくガンドック号のタラップへと歩き出した。

 聖域に残されたシュトルム・ディガー。

 かつて死神と呼ばれた男の半身は、静かにモノアイの光を消し、再び森の守護者としての永い眠りについた。


 ガンドック号の内部は、帰還した一行を歓迎する熱気に包まれていた。

 ベッキーが腕を振るったシチューの匂いが、鉄とオイルの香りを上書きしていく。

 バルガスとギリアスは、初対面とは思えないほど自然に酒の席で睨み合い(あるいは認め合い)、ロキはカグツチの右腕のデータシートを抱えて頭を抱えていた。

「……シエラ姐さん、やっぱりダメだ。右腕を完全に同期させるには、あと二箇所、中枢ユニットの『殻』を換装しなきゃならない。……次の目的地は、かなりキツい場所になるぜ」

「分かっているわ。……でも、今の私たちには『最高の教導官』がついているもの」

 シエラの視線の先では、ギリアスが不味そうに酒を煽りながら、カイに「物理的な重心移動」の極意を説教し始めていた。

 深夜。

 賑やかな食堂から離れ、自室に戻ったカイは、ようやく右脚の K-Link を解除した。

 途端に訪れる、鈍い痛みと喪失感。壁に寄りかかりながらベッドへと身体を預けるその瞬間だけが、彼が「神童」でも「機導士」でもない、ただの傷ついた少年であることを思い出させる。

「……見ててくれよ、リト。……俺たち、もっと強くなる」

『――ええ、カイ。……次は、もっと「熱く」しましょうね』

 暗い部屋の中、モニター越しに微笑むリトの影だけが、カイの孤独を優しく溶かしていく。

 世界から捨てられ、不具合エラーと呼ばれた者たちが集う船、ガンドック号。

 新たな「死神」を乗せたその巨体は、夜明けの光を切り裂き、次なる運命の地へとその錨を上げた。

【第三幕:完】

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