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第4章:虚空のコクピット(ノー・マナ)


 その夜、ガンドック号の食堂は、かつてない熱気に包まれていた。

「おい坊主! お前があの時叫ばなきゃ、今頃俺の右足はスクラップだったぜ。いい眼をしてるな!」

 バルガスが大きな手でカイの背中を叩く。カイは戸惑いながらも、生まれて初めて「誰かの役に立った」という実感を噛みしめていた。

 けれど、宴の喧騒が深まるほどに、カイの胸には拭えない「焦燥」が影を落としていく。

(……感謝された。それは、嬉しい。でも……)

 バルガスの隣で豪快に笑うテツカブラの力強さ。戦場を駆けるギアの、圧倒的な「生の脈動」。それを見れば見るほど、自分の足の不自由さが、そして「見ていただけ」の無力さが、喉の奥に苦く残る。

(僕は、外側から叫ぶことしかできないのか? あの檻の中にいた時と同じように、他人の人生を眺めるだけの観客で終わるのか……?)

 それは、一条家で「天才」として育てられた彼にとって、耐え難いほどの屈辱だった。認められたい。でも、それは「言葉」じゃなくて「力」で。

 カイは一人、祝杯の輪を抜け出した。月明かりも届かない格納庫へと、逃げるように、あるいは何かに吸い寄せられるように。

 闇の中に佇む、練習用ギア『ラピッド・ラット』。

 カイは松葉杖を傍らに置き、這い上がるようにしてコクピットへと潜り込んだ。狭いシートに座り、レバーを握る。

(頼む……一度でいい。僕の意志に、応えてくれ……!)

 一条の剣士として培った、極限の集中。体内の全神経を指先へ、そしてレバーへと集中させる。

 ……けれど、機体は沈黙を貫いたままだった。魔導核オーブは冷たく、カイの指先から「マナ」が流れ出す気配は、微塵もなかった。

「……なんで。なんで動かないんだよ……っ!」

 力任せにレバーを引く。操縦桿を叩く。けれど、鉄の塊は重いままだ。

 視界が急速に歪んでいく。どれほど世界が鮮明に視えても、動かすための「燃料」を持たない自分は、この世界ではただの「欠陥品」でしかない。

「無駄だって。あんたの魂、こっちのマナと全然噛み合ってねえもん」

 暗闇から、冷ややかな声がした。ロキだ。

 彼はコンテナの上で膝を抱え、残酷なほど冷静な瞳でカイを見ていた。

「バルガスの時は奇跡だ。でもな、この世界じゃ『魔力』がなきゃ、ギアはただの重い鉄屑。……あんたは、この世界を歩くための足を持ってないんだよ、カイ」

 カイはコクピットから転げ落ちるように降り、冷たい床に突っ伏した。

 一条家という檻を壊して逃げてきたのに、辿り着いた先は「無能」という名の、より暗い檻。

 床に押し付けた頬に、オイルの臭いが触れる。その瞬間、視線の先に落ちていた重いスパナが、月光を反射して鈍く光った。

(……嫌だ。もう、誰かに否定されるのは、真っ平だ。……動かせないなら、僕が……!)

 カイは、歯を食いしばりながら、腕の力だけで這い上がった。

 泥だらけの手でスパナを握りしめ、ロキへと突き出した。

「……ロキ。動かせないなら……せめて、この子たちが、どうやって生きてるのかを教えてくれ。……乗れないなら、僕は、あんたの『眼』になる。もう二度と、何かが壊れる音なんて、聞きたくないんだ!!」

 静寂が格納庫を支配する。

 ロキはしばし呆然としていたが、やがて「ハッ」と短く笑い、コンテナから飛び降りた。

 そして、バルガスの真似をして、わざとらしく胸を張ると、カイの手にあるスパナをぐいと掴んだ。

「……いいか、坊主。鉄は嘘をつかねえ。お前が込めた熱を、そのまんま返しやがる」

 したり顔で大人ぶってみせるロキ。

 けれど、その表情があまりにもバルガスにそっくりで、それでいて、自分と大して変わらない少年が必死に「師匠」を演じている滑稽さに、カイの胸のつかえが不意に消えた。

「……ふふっ、あははは!」

「な、なんだよ! 人が格好良く決めてやってんのに!」

「だって……『坊主』って……ロキだって、僕とそんなに年、変わらないじゃないか」

 カイが声をあげて笑い出すと、ロキも最初はムッとしていたけれど、自分の背伸びが恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして吹き出した。

「うるせえ! 技師の世界じゃ、先にスパナを握った方が偉いんだよ!」

「あはは! ごめん、ごめん……でも、ありがとう、ロキ」

 暗い格納庫に、少年たちの笑い声が響き渡る。

 絶望の底にいたはずのカイの心に、オイルの匂いと共に、新しい体温が灯った。

 この夜、一人の操縦士スターが死に。

 泥と笑い声の中で、一人の整備士エンジニアが、その手で新しい運命を掴み取った。

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