第32章:死神の残響、あるいは孤独な守護者の独白
『シュトルム・ディガー』のコクピットは、鉄と油、そして安葉巻の粘つくような煙が混じり合い、墓穴の中のような沈黙が支配していた。
外部モニターに映し出されるのは、右肩から白煙を上げ、右脚を激しく震わせながらも、なおこちらを睨み据える深紅の機体――カグツチ。
ギリアスは、ライフルの冷たい金属の感触を指先に感じながら、肺の奥に溜まった濁った空気を吐き出した。
(……ったく、柄じゃねえんだよ。こんな役目はよ)
ギリアスは、自分の人生を「事後処理」のようなものだと考えていた。
かつて彼にも、魔導の理を信じ、帝国の正義を疑わず、ただ純粋に世界を良くしようと笑い合っていた日々があった。だが、その光は「物理の重み」の前に、あまりにも無力だった。魔法という名の「計算式」で構築された平和は、一発の剥き出しの質量の前には、紙細工のように脆い。
守護者の一族として生まれた宿命。カグツチという「文明を消滅させた力」を監視し、その右腕を封印し続ける役割。それが、彼が受け継いだ唯一の遺産だった。
「死神」――いつからか、周囲は彼をそう呼んだ。
多くの者が「右腕」という力を求め、この里を訪れた。ある者は失地回復の野心を、ある者は純粋な破壊の快楽を求めて。そのたびに、ギリアスはこの『グレイブ・ディガー』の引き金を引き、彼らの野望を、その命ごと泥の中に沈めてきた。
そこに慈悲はない。あるのは、一族が数千年にわたって守り抜いてきた「封印」という名の停滞だけだ。
(……だが、あのアホ面をした坊主はどうだ)
ギリアスは、モニター越しにカイの姿を透かし見る。
第一射。カグツチの「右腕がない不均衡さ」を、あえて機体を傾けることで回避の機動力に変換した。
第二射。回避不能の跳弾。ギリアスが地形の硬度まで計算し、少年の最も脆い部分――義足を狙って放った絶望の一撃。それを、少年はあえて自らの「不自然な足」を叩きつけることでねじ伏せた。
それは魔導演算機の導き出す「正解」ではない。
生きようとする執念。既存の理――マナの多寡で人間の価値が決まる世界にへし折られた者が、それでも自分の足で立とうともがく、剥き出しの「物理」の輝きだ。
(リト……か。あの『安全装置』を、ただの魂の相棒と呼びやがった)
ギリアスは、自らの記憶の隅に眠る「失ったもの」を思い出し、自嘲気味に口角を上げた。
カグツチが完全な力を取り戻せば、演算能力は復旧し、リトという不安定な「人の心」は兵器としての本能に塗りつぶされる可能性がある。それが守護者の一族に伝わる、抗いようのない「理」だ。
力を得れば、隣にいる者は消える。
その非情な現実を突きつけたとき、少年の瞳に宿ったのは、恐怖ではなく「拒絶」だった。
世界が決めた正解を、そんなのは知ったことかと言わんばかりに、彼は自らの熱量で塗りつぶそうとしている。
(お前がもし、その『正解』すら物理でぶち抜いてみせるってんなら。俺は喜んで、この忌々しい死神の座を降りてやるぜ)
ギリアスは、ライフルのチャンバーに最後の一発を装填した。
黒く輝く、魂を測る弾丸。
一族の掟に従えば、ここで少年の魂を折り、カグツチを永遠の錆に沈めるのが「正解」だ。
だが、ギリアスの指先は、かつてないほどに熱を帯びていた。
「……あー、めんどくせ。……仕事、終わらせるか」
ギリアスは、シュトルム・ディガーの脚部スパイクをさらに深く地中に食い込ませた。
次の一発は、カグツチの右腕を解放するための鍵か。あるいは、少年の夢を葬るための引導か。
死神の指が、静かに、そして確実に応答を求めて引き金にかかった。
(見せてみろ、坊主。……お前の『理』は、死神の銃弾より重いかどうかを)




